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「あ、雨………」


なんとなく城内を散歩していて、ふと廊下の窓を見るとぽつぽつと雨が降り出していた。朝起きた時は良い天気だったから、シーツを洗おうと意気込んでいたのに…。急に暗くなった空が、お城の廊下からも明かりを奪っていて昼間なのになんだか薄暗かった。だんだんと強くなる雨を窓からぼーっと眺めていると、足音が聞こえて振り返った。


「何をしているんだ」
「あ、ミホークさん」
「窓辺は冷えるぞ。こっちに来い」


地下のワインセラーに行っていたのだろう。彼の手には瓶が一本握られていた。手招きをされて、私は素直に彼のもとへと駆け寄った。
この島には四季は無いが、なんとなく夏、なんとなく冬くらいの気候の変動はあるみたいだった。今はなんとなく冬に近づいており、確かに窓辺は冷気が漂っており少しだけ体が冷え込んでしまった。


「冷たいな」
「そうですか?」
「ああ。お前はいつももっと温い」


肩を抱かれながら歩くのにも大分慣れてきた。私の普段の体温を覚えているミホークさんのことが愛おしく思えて、顔が熱くなった。

今日は雨なので、ゾロ君とのいつものような稽古はしないそうだ。ゾロ君は少し前から禁酒を命じられており、今頃一人部屋で黙々と鍛錬しているはずだ。差し入れに行こうと思っていたが、ミホークさんに会ってしまったので諦めることにした。きっと、なんだかんだで面倒見の良いペローナちゃんが何かしら作ってくれるだろう。
ゾロ君に何かしようとすると、ミホークさんは少しだけ眉をひそませる。それは心地の良い(と言ってしまうのはミホークさんに失礼なことかもしれないが)嫉妬であり、彼自身本気で私の行動を縛ろうというつもりはないので、私は最低限の配慮はしつつもいつも通り行動していた。
ゾロ君のことも気にかかるが、私の第一優先はいつだってミホークさんだけである。それは私へたくさんの愛を捧げてくれる彼への精一杯の恩返しでもあった。


「お部屋でそれを飲まれるんですか?」
「ああ。他にやることもないしな」
「そしたら、私もお付き合いしてもいいですか?」
「…ああ」


ミホークさんは少しだけ意外そうな顔をしていた。私がお酒を飲もうとする姿は確かに珍しかったかもしれない。
私はミホークさんと一緒に部屋へと向かい、グラスを二つ出して持ってきたワインを注いだ。


「…やはりなぎさは飲まなくてもいい気がするな」
「そうですか?」
「そもそも、ワインを飲んだことがあるのか?」
「少なくともこのお城に来てからは、無いですね」
「…この酒はお前には強すぎる。やめておけ」


そういってミホークさんは私の手からワイングラスを奪って、ぐびっと飲み干してしまった。あ…と空になったグラスを見ていると、少しバツが悪そうにしてミホークさんは私の頭を撫でた。


「いきなり強い酒は体に悪い。お前でも飲めるものをおれが見繕っておく」
「はい…」
「不服か?」


覗き込むようにそう聞かれて、私は慌てて首を振った。だけど……。


「不服っていうか。……私もミホークさんと一緒にお酒を飲めたら、嬉しいなって思ったんです。」


ミホークさんは私を大切にしてくれるが、もっと、なんていうか対等の立場でミホークさんに愛されたいのである。こんなにも愛されているのに、私はまだまだ貪欲で、もっとこうしたい、ああしたいという気持ちが溢れてしまう。
自分の強欲さにあきれるが、しかしそれが本心なのである。それに、彼との年の差を意識しないわけではない。もっと大人っぽくなって、彼に見合う女性になりたい。お酒は、そんな大人の女性のイメージのひとつだった。
拙い言葉でそのようなことを伝えると、ミホークさんは笑いながら私の腰に手を回して彼のもとへ引き寄せられた。


「おれはお前を子供扱いしたことは一度も無いがな。だが、なぎさが気にするなら、酒は少しずつ慣らしてみるのもいいかもしれない」
「少しずつ、って……?」


どうやって慣らしていくのかと聞こうとしたら、ミホークさんは残っていたもう一つのグラスに入ったワインを口に含み、そしてそのまま私の顎を掴んでやや強引に口付けた。
口移しで喉を伝わるワイン。一気に広がるアルコールの味と、羞恥心に私の頬は一瞬にして赤く染まっただろう。ワインはわずかな量だったが、ミホークさんの唇は離れることなく私の舌を丁寧に絡ませて思わず吐息と共に声が漏れてしまい、更に恥ずかしくなる。
ようやく唇が離れて息も絶え絶えな私をミホークさんは覗き込んでくる。


「味わえたか?」
「………っ、意地悪、です」


少しだけ意識がふわふわとするのは、果たしてアルコールのせいか、それともキスのせいなのか。これじゃあお酒の練習にならないですと言うと、何回でも付き合ってやるから心配するな、とややずれた回答が返ってきて私は困ったように肩を落とした。



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