短編 | ナノ



※政が既婚者と掲載される前に書いたお話でした



書きなぐりの報告書を丸手さんに提出しにいくと、資料で埋められた机の中に、見慣れないものを見つけた。光沢のある白い布地張りに金糸で刺繍された、およそ捜査官の机にあるには不似合いなアルバムのようなもの。

丸手さんは文字が汚ぇ、と私の報告書をパラパラめくりながら文句を言っている。ミミズののたくったみたいな文字を書くくせに、どの口が。OKが出るのと同時、その不審物を指差す。


「……何です? それ」
「あ? 見たらわかんだろ。見合い写真だよ、見合い写真」


フリーズ。

や、見てもわかんないです。答えを聞いてもわからないです。


「誰の?」
「俺の」
「丸手さんお見合いするんですか?」
「だから言ってんだろ」
「何で?」
「いや……そりゃお前、俺ももうアラフォー突入だし、そろそろ嫁さんもらったらどうだって、吉時さんが」
「部屋汚ったないですもんね」
「おー。そうだ。今日片付けに来い」


きれいな人、だった。

武器なんて持ったことがないだろう。身体に喰種に噛まれた痕だなんて、赫子で切られた傷だなんてないだろう、雰囲気の柔らかそうなはにかんだ微笑みを浮かべた女性だった。こういう人が家に帰ってきてからおかえりなさいと言ってくれたら、ほっとするだろうなと思う。


「……ふーん」
「何だよ」
「どうせ丸手さんのそんな性格についてきてくれる女性なんていないと思いますけど?」
「おい、」


山積みのデスクにどさりとそれを投げ置いた。

そうだ。

間違っても、こんなマメだらけの手じゃ、とても。


「……何だぁ? アイツ」
「愛っすね、丸手さん」
「何言ってんだ馬渕」



憎さ余って可愛さ百倍



「私は馬鹿かもしれない」
「かもしれないっていうか、まごうことなき馬鹿ですよ、名前さんは」
「やめて宇井ちゃん、今メンタルぼろぼろなの」
「どうでもいい。サボってないで早く仕事してくださいよ」
「宇井ちゃんの前世は鬼だな」
「は?」
「あ、ごめん間違った今も鬼だった」
「は?」
「ごめんなさい」


S1。机に突っ伏してかわいくない後輩に愚痴る。入ってきたばかりの頃はかわいかったのに、いつからこんな鬼みたいな性格になったんだ。有馬のせいだ。


「……さっさと結婚しておけばよかったじゃないですか」
「誰と?誰が?」
「名前さんと丸手特等」
「なんで?」
「なんでって、すきなんじゃないんですか」
「誰が?誰を?」
「名前さんが、丸手特等を」


もしくは逆もしかり。


「すき、だけど、あんまりそういう風には見たことなかったなあ。お互い彼氏も彼女もいたし。丸手さんなんて一回婚約もしてたし。結婚式直前に振られてそれからだよ、独身主義貫いてんの」
「名前さん、その話今度飲みに行った時詳しく」
「まかせろ」


ぐっと親指を立てて約束。

さて、それは置いておいて。


「うん。そーいう好き、とは違うかな」
「でも嫉妬したんですよね?」
「んー……」
「一回寝てみたらいいんじゃないですかぁ?」
「……ハイルちゃんは一体どこでそういう言葉を覚えてくるのかなあ、宇井ちゃん」
「私の教育のせいではありませんのでこっちをジト目で見るのやめてくれますか、名前さん」
「なんですかぁふたりとも」


ぷんくと両頬を膨らませるハイルちゃんは愛らしい。ほらほら機嫌を直してよお嬢さん、とその拗ねてとがらせた唇にクッキーを押し付けると、もそもそと咀嚼する。

そして、毒舌。


「ていうかあんなおじさんのどこがいいんですか?顔はアレだし、嫌味ばっかりだし、えっらそーだし」


ぽかん。気持ちはわかるし私も本人に向かって同じようなことを多々言うが、仮にも上司に何ていう言い草だ。これはアレだ、教育係の指導が悪いんだなと宇井ちゃんを見上げると、すかさず彼は私じゃないです、とぶんぶん首を振る。


「悪いのは全部有馬さんです」
「そうだね、宇井ちゃんの性格が歪んだのも有馬のせいだもんね」
「いいえ、あなたのせいです」
「まじでか」


そうか、そういえば宇井ちゃんの教育係は私だった。どうりで。

ていうか。


「有馬だって若白髪のど天然ボケナスーパーデリカシーナッシング眼鏡だよ?ハイルちゃん、あいつのどこがいいの?」
「名前さん、あとでちょっと」
「顔。あと強いとこ」
「ハイル、あとでちょっと」
「宇井ちゃんのお説教長いんだよなぁ、ねちねちねちねち小姑みたいに。だからモテるのに結婚できないんだ。趣味が一人焼肉とかになるんだ」
「そうなんですよねぇ」
「ふたりとも、今すぐそこに正座!!」


宇井ちゃんは怒ると怖い。



##



「お見合い?」
「名前もそろそろアラサーだ。そろそろ結婚するのも悪くないだろう?」
「はあ」


はて、どこぞで聞いた台詞。


「写真だけでも見てごらん」
「……はあ」
「……吉時さん」
「一応局内だから、役職名の方がいいな、名前」
「吉時さん、これ、見た事ある顔なんですけど」
「うん。うちの政、どうかなって。ちなみにもう一枚あるよ」
「はあ」


ぺらりと渡された冊子を開く。

開いて、一瞬で、閉じた。


「吉時さんんんん!」
「だから一応局内……もういいか。有馬もまだ独身だろう?」
「何で!よりによって!この二人なんですか!仲悪いの知ってますよね!?」
「こと戦闘においては相性がいいのも知ってるよ」


それとも、


「マルの写真がなかったのがご不満だったかな?」


ニコリと笑う。私はなんでもお見通しだよ、と言わんばかりのその顔に閉口。

ちくしょう!



##



「宇井ちゃん結婚しない?」
「嫌です」
「タケくん」
「……遠慮します」
「わかった。法寺くん当たってみる」
「はいはい、砕けるのは目に見えてますからやめましょうね〜」
「どういう意味だ」
「砕けない相手を選べばいいじゃないですか」
「政?」
「違う」
「有馬?」
「名前さん、貴女わざとでしょう」
「……だって、私がそんなこと言ったらあのひと机バンバン叩きながら爆笑するよ。自信ある」
「そんなことは、」


ないって言いきれないのがなぁ……宇井ちゃんが腕を組みながら、嘆息する。

タケくんは関わりたくないと言わんばかりに、パソコンのデスクトップに隠れるように身体を小さくしている。宇井ちゃんって、めちゃくちゃ良い後輩だなと彼を見たら「飽きたんでもう仕事戻っていいですか?」と言われた。やっぱり可愛くない。



##



掃除機をかけることのできる時間に帰れるだなんて、運がいい。部屋を片付けに来い、だなんてどこの誰がどう考えてもパワハラでしかない上官様のご命令通り丸手さんの家に来た私は、床に転がったカップ麺やら弁当ガラのゴミをすべて袋に放り込み、やっと見えたフローリングに掃除機をかけているところである。

不摂生が過ぎる。確かにこれはお嫁さんもらった方が良いだろうなと、ちらと見た丸手さんはソファーの上に胡座をかいて新聞を読んでいた。唐突に、何か話しかけられたが聞き取れずに掃除機のスイッチを止める。


「何です?聞こえなかった」
「見合いするんだってな」
「ああ……らしいですね」
「らしいですねってお前」
「相手が有馬か政なんですもん。らしいですねとしか言えないでしょ」


丸手さんは、新聞から目を離さない。


「ふーん……で、どっちにするんだ」
「どっちも断りますよ」
「そんなだから行き遅れるんだぞ」
「なるほど、丸手さんのこと見てたらよくわかりますね」
「しね」


読んでいた新聞が飛んでくる。バサバサと音を立てて散らばったそれに「今掃除中なんですけど!」と文句を言うと「だからそれ掃除しとけよ」とふんと鼻で笑われた。一生結婚させない方がいいぞ、あの男。

新聞を私に投げつけた手が、力なくゆっくりとソファーに戻った。胡座をかいた膝の上に頬杖をついて、そっぽを向く。


「……似合ってんぞ。お前と有馬。遠目から見りゃ似合いのふたりだよ」
「遠目からて」
「お前の顔は近くで見るに耐えねぇだろうが」
「クソジジイ」
「クソガキ」


どうして、いちいち罵り合わないと会話が出来ないのか。宇井ちゃんにも馬渕くんにもいつも呆れたように目を細められるが、これはもう直りっこない。


「丸手さんこそ。写真のひと、きれいで、いい人そうでしたね」
「……おー。俺にゃ勿体無ぇな」
「本当に。かわいそう、相手がこんなおじさんだって知ってるんですかね」
「しね」


悪態をついて、沈黙。


「有馬なら、死なねぇだろうしな」
「捜査官でないなら、死ぬこともないでしょうしね」


重なった言葉に、驚いてふたり顔を見合わせる。


『1回寝てみたらいいんじゃないですかぁ?』


どこぞの小娘の発言が脳裏に浮かんだ。いやいや、ないだろ。それはない。──ない、はずなのに。

ソファーからゆっくり立ち上がって、こちらに近づいてくる丸手さんから目が離せない。あと2メートル、あと1メートル、あと50センチというところで丸手さんは止まる。止まったところで、ぐいと腰に手が回り、抱き寄せられる。

胸板に顔をぶつけ、くいと持ち上げられた顎、ゆっくりと近づく丸手さんの顔に私の口から出たのは「ヒィッ」という何とも色気のない悲鳴だった。眉間に皺が寄る。


「何だよ、色気ねぇな」
「そ、そっちこそ。唇かっさかさですよ、リップクリーム塗りたくってあげましょうか?」
「あ?お前の寄越せ」
「え」


なにそれ、ベタか。

重ねられた唇は、ゆっくり確かめるように角度を変えながら私の唇を食む。この人とはもう10年近く一緒にいたけれど、こんな優しいキスをするのかと、瞼を閉じることもせずただされるがままになっていた。

そっと離れた唇。開けられた丸手さんの目と目が合い、ずっと開けてたのかよとまた眉間に皺が寄る。心臓の鼓動が早い。

いつもと変わらない表情の丸手さんは、私の腰に回した手の力を少しずつゆるめながら、気まずそうにあーだのうーだのと唸っている。なんだ。


「……するか、結婚」


やっと絞り出された言葉に、思わず「え」という返事しか出てこない。結婚。私で、良いのだろうか。いつ死ぬともしれない、傷痕だらけの身体の、マメだらけの手の私で、本当に良いのだろうか。冗談に決まってんだろバーカ!とかあとで言われないだろうか。戸惑う私に、一言。


「どうせ他に当てもねえだろ」


本当にこのひと、いちいち悪態つかないと生きていけないのかしら。プロポーズってもっとロマンチックなもんじゃないのだろうか。さてはて、そんな私の返事とは。


「当てがないのは丸手さんもでしょう」
「っとに、かわいくねー」


悪態をつかないと生きていけないのはどうやら私も一緒らしい。肩口に顔をうずめて、赤くなった顔を互いに隠した。

あーもういい歳してみっともない。



(20200621)
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -