短編 | ナノ



※R15くらい



喉が渇いて、目が覚めた。

寝すぎて重たくなった、怠い体でごろりと寝返りを打つと、ぼすん、と厚手の毛布が体から落ちていく。……ああ。どうりで暑いと思った。

この夏真っ盛りにも関わらず、クーラーもついていない扇風機もついていない窓さえあいていない部屋で、こんな真冬にしか使われないような毛布がわざわざ掛けられているということは、どうやら部屋の持ち主は一度帰ってきて、ついでに私にこれを掛けてまた出ていったらしい。果たしてこれは嫌がらせなのか死ねってことなのか気遣いなのか。うん。たぶん前半のふたつ。

カラカラに渇ききったのどはただひたすら水分を求めている。水。のそのそと冷蔵庫まで這う。水。ああ、シャワー浴びたいな。体がベタベタだ。水。水飲みたい。水。水。水!


「……くっそ、ビールばっか」


声は掠れていた。汗で湿ってへばりつくみたいな洋服が邪魔くさい。片手でTシャツの裾に手をかけ脱ぎながら、かろうじて隅の方に埋もれていたペットボトルを見つけて引っ張り出す。

中身は飲みかけのミネラルウォーターだったが構わずキャップを開け、一気に飲み干す。勢いよくペットボトルを傾けすぎて、口の中におさまらなかった水がぽたぽたと落ちてひざを濡らした。

ぐいと袖で口をぬぐう。顔についた畳の跡がかゆい。のそのそと四つん這いで歩いて、建付けのなんとも悪い窓をガタガタ言わせながら開ける。ぎらぎらと赤く光る夕陽は眩しくって、頭がクラクラした。

ミンミンとやかましい蝉の声が聞こえる。夕涼みを期待したのに、残念ながらそれは叶わないらしい。もわんとした蒸し暑い風が肌を撫でただけだった。


「あれまぁ。そんなカッコして、誘ってんのかい?お嬢ちゃん」


カンッ。カンッ。ゆっくりと錆びた鉄の外階段を上がってくる葛西さんの手には白いビニール袋。パチンコの景品か。あの様子じゃいいとこ板チョコが1〜2枚だな。毎度毎度負けっぱなしのくせに、どうして懲りないんだろう。大人はわからない。


「おかえりなさい。毛布ありがとう、葛西さん。おかげで熱中症になるとこだった。ふざけんな」
「今日はあっついもんなぁ。もう夕方だってのにまだ35度だってよ」
「ああ神様仏様、どうかお願いします。こいつがパチンコをやるたびに財布がすっからかんになる呪いをかけてください」
「悪いな、もう全部すってきた」
「だっさ!」


ひでぇなぁ。肩をすくめる葛西さんはゆっくりと煙草の煙をため息と一緒に吐き出した。大人が煙草を吸う理由のひとつには、大っぴらにため息ばかりつくわけにはいかないから、それを誤魔化すためっていうのもきっとある気がする。ああ、ストレス社会。


「いや、一度は当たったんだよ。ジャンジャンバリバリフィーバーよ。あそこでやめておきゃなぁ」
「死語」
「それでも死語ってわかってくれるお嬢さんがすきだよおじさんは」
「私は葛西さんきらい」
「あら、そうかい」


本当に?と網戸越しに顔を覗き込んでくる。きらい、と迷わず答えると素直じゃないねぇと少し残念そうにため息をついた。


「んで、おじちゃんはその格好結構すきだけどよ。他の男に見られる前にそろそろ服着るか窓閉めたらどうだい」
「なんで早く言ってくれないんですか葛西さんのバカ!バ葛西!」
「えー。自分で脱いだんだろ」


今どきの若い子はわかんねーや。

ぶつくさぶつくさと文句を言いながら、葛西さんは階段を上がりきり、玄関から部屋に入って、暑っと一言。もわんとした空気に露骨に顔をしかめて他の窓を開けにかかった。火を扱うくせに、暑さには人並みに弱いらしい。変なの、とその様子を眺めていた。

炎みたいな真っ赤なシャツのボタンに葛西さんは手をかける。黒いタンクトップ姿から除くしっかりと筋肉のついた腕にとくんと心臓が跳ねた。

葛西善次郎、42歳。

本人もよく自虐する通り、彼の中身はすっかりおじさんだ。つまらない親父ギャグ、6からの任務のない僅かな休日にはパチンコか競馬かビールか放火。そんな男に、どうしてこうも色気を感じるのか。

なんだか悔しくなって目を逸らすと、グイッと両頬を片手で抑えられて無理矢理葛西さんの方へと向けられた。帽子の下から覗く、じっとりとした、暗い目。


「な、に」
「エロいこと考えてたろ」
「はあ?考えてません」
「そうかい?ちなみに、おじさんは未だに服を着ないでいるお前のブラのホックを外すことばっかり考えてるぜ」


左側のブラの肩紐がするりと肩を落ちていったのに、葛西さんは指をひっかけてニヤニヤと悪どく笑う。途端、どさりと畳の上に上半身を倒された。


「え、ちょ、やだ、暑い、ていうかシャワー」
「だーめ」


ずるずると汗ばんで脱がしにくくなっているであろうスウェットに、葛西さんは上機嫌な様子で手をかける。咥えていたタバコを少し乱暴に灰皿へとねじ込んだ。

カチャカチャと自分のベルトのバックルを外しにかかる葛西さんに、今から自分がされることをちらと想像してごくりと唾を飲む。ああもう、何だかなぁ。


「ねぇ、葛西さん」
「ん?」
「……ほんとはすきよ」
「……火火ッ。知ってる」


ジーンズを放り投げて、トランクス一枚になった彼は、同じくショーツ一枚だけの私の身体をじっとりと見下ろす。汗ばんだ乳房に、葛西さんの熱い手の平が触れた。


「暑いときに汗かくってのはいいもんだよなぁ。夏らしくってさ」


え、なにそれちょっとよくわかんない。

その言葉は口に出す間もなく、ほろ苦い舌に絡め取られた。



(20200608)
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