「傑、聞いてよ」
名前は、浮気癖のひどい女だった。
二股どころの話ではない。四人、五人と同時進行で平気で付き合うその貞操観念の低さに最初は僅かばかりの嫌悪感を覚えていたが、最近では一周まわって器用なものだと感心するようになった。
悟はああ見えて純情だったし、硝子は男にあまり興味のない素ぶりだったから、呪術高専という特殊な場で他の同世代の高校生達のように恋愛という青春を謳歌する彼女は物珍しかったのかもしれない。
そのくせ相手が浮気すると、こうして今みたいにべそべそと私に泣きついてきて延々と愚痴を語り、最後には「どうせ男なんて浮気する生き物なんだわ」とお決まりのセリフみたいなことを言うから、呆れてもいるけれど。
「それでね、彼ったら酷いの、」
「うんうん」
今日も今日とて、最後には浮気をされて別れた男の話を聞くこと小一時間。
彼女は嗚咽もすっかり落ち着いて、泣き疲れたのかぼんやりと床を見ていた。名前は、誰と別れてもいつもこうやって泣く。
何人かと付き合っているのだから一人くらいいなくなってもいいだろ、と私は思ってしまうのだけれど、名前にとっては誰も彼も好きな男で、彼女にとって必要らしい。
水分補給と、泣き腫らして真っ赤になった目元を冷やすのにいいだろうと、冷凍庫からよく冷えたペットボトルのお茶を取り出して、彼女に渡してやる。
受け取りながら「ありがとう」と微笑む姿はひどく弱々しい。庇護欲を煽られる、というのはこういう女のことを指すのだろうなと思った。
「前から思っていたのだけれど、」
「なあに」
「そもそも、名前はどうして浮気するんだい」
名前は何を言われたのかわからない、というような顔で私を見上げた。
それから、少し言葉を選ぶように間をとって、言葉を発する前にちろりと唇を舐めて湿らせる。
幾人もの男を惑わしてきた、その柔らかさそうな唇に隠された赤い舌に、視線が縫い付けられて、慌てて目をそらす。
「だって、誰かわからないんだもの」
ポツリと呟かれた言葉に、首を傾げる。
「? 誰って?」
「私を、唯一無二にしてくれるひと」
唯一。
ただ一つであること。それ以外にはないこと。
予想外の返答に閉口する私に、彼女は叱られる前の子供が自分は悪くないと言い訳をするように、いやに早口に、饒舌に言葉を並べ続ける。
「一番目も二番目も嫌、順番なんていらない、私だけがいいの。私だけを好きでいてほしいし、私だけの味方になってほしい。私の言うことやること全部を受け入れてくれるひとがいい。だけれどそんな人は今のところ見つからないから、それがひとりじゃだめなら、じゃあ何人かいれば誰かが満たしてくれるかなって、それだけだよ」
「名前は、誰のことも唯一にしないのに?」
「……傑はいつも意地悪なことばかり言う」
拗ねたように唇を尖らせる様子が可愛らしくて、思わず声を上げて笑ってしまった。
「そうか、それじゃあ意地悪ばかりを言う私は名前の唯一にはなれないな」
「うん。傑はだめ」
「いつも何も言わずに話を聞いてあげているのになぁ」
名前は、困ったように、逃げるように視線を伏せる。
「傑は、絶対に壊したらいけないものだから、だめ」
「…」
「傑は、絶対に変わって欲しくないものだから、だめ」
「……そうか、それは残念だな」
私も名前だけだよ。そう言ってやることができれば、私は彼女の唯一になれるのだろう。
だけれど他の全部を棄ててしまうには大切に想っているものがたくさんありすぎて、どうにも踏ん切りがつかないから、私はただ口を噤む。
見えざる思慕
(20210522)title:ユリ柩
#juju版深夜の真剣夢書き60分一本勝負のお題「唯一」で参加させて頂いたもの。