短編 | ナノ



※赤葦くんがど変態。
※かっこいい赤葦くんはいません。
※性描写があるため18歳未満の方はご遠慮ください。



清廉潔白、品行方正、クソ真面目。

人間の三大欲求の割合なんて食欲と睡眠欲で二等分しているんだろうなあ、いや食欲の方が多分ちょっと多いだろうけど、くらいなイメージを私は赤葦京治という男に抱いていたわけれど、案外そんなこともないらしい。

赤葦もやっぱり人の子で、思春期真っ盛りな男子高校生だったんだなぁと私は赤葦の切なげに漏れる吐息を聞きながら、埃っぽい資料室の窓の向こうを眺めていた。

真っ青な空には綿を伸ばしたようなうっすらとした淡い雲が浮かんでいる。良い天気だった。

放課後、鍵のかかった資料室でカッコイイ男の子とふたりっきり。なんて青春だろうか。いや、今の状況はどっちかっていうと性春だよね、って?ああもう、しょうもないジョークしか思い浮かばない。

ひとつ、勘違いしないで頂きたい。

私と赤葦は、今この学校という多くの生徒が過ごす学び舎でいつ誰が来るかわからない背徳感とスリルのある、保健の授業で覚えたばかりのセックスという行為を楽しんでいる……なんてわけではない。もちろん赤葦に押し倒されて無理矢理、なんてわけでもない。


(……何で、こうなったんだったっけ)


脚立の上に腰掛ける私の膝のあたりに頭を預けて、荒い息を吐きながら自慰行為に耽ける赤葦京治という割と親しい方であるクラスメイトのそのつむじを眺めながら、私は考える。

それは、放課後のことだった。

役員決めで教科係という面倒な役割を押し付けられてしまったばかりに、私はノート点検という名目のためにクラスメイト達から回収したノートを抱えて、資料室までの廊下を歩いていた。

ひとつひとつは薄っぺらいくせ、三十人近くの分ともなればずっしりと重たく、腕はじんじんと痺れ限界を訴えている。

にも関わらずようやく到着した職員室のドアはきっちり締め切られていて、ノートを一刻も早く降ろしたかった私は横着して足でその扉を押し開けた。


「失礼しまーす。先生、ノート持ってきましたよ」
「お、苗字、ちょうどいいところに」


教師は、ぱっと顔を上げ表情を明るくする。ちょうどどこかへ行こうとしていたところだったらしい、荷物を腕いっぱいに抱えていた。


「嫌です」
「まだ何も言ってないだろ」


反射的に拒絶の言葉が口をついて出た。言われずともわかる。ノートを教師の机の隅にどさりと下ろすと、改めて両手でバツを作り首を横に振る。


「その手に持っていらっしゃる大量の世界地図やら年表やらを資料室に置いてきてくれと言われそうな気がします。私早く帰って夕方から始まるドラマの再放送観たいんです」
「素晴らしい勘だな、女のカンってやつか?将来有望、有望。じゃ、頼んだ」
「うわっ人の話、全無視……まあこういう人だよな」
「苗字、そういうのは先生に聞こえないようにやんなさい」


結局拒否権は与えられず、ぶすーっと不貞腐れた顔をして頼まれた荷物を抱え、元来た道を戻る。資料室は、教室までの道の途中にあった。

「よっ」小さくそう声に出し膝を上げ、ずり落ちそうな世界地図を抱え直す。ノートと違ってどれも軽いものの、丸められたそれは長さがバラバラなうえにつるつるとしていて、潰さないように抱えるにはひどく不安定だった。


「あっ、」


そう、例えばちょっと人にぶつかられた程度で、ぼとぼとと手から滑り落ちていってしまうほどには。


「ごめん!俺ちょっと急いでて!ほんっとごめんね!」


謝罪の声を上げながらもバタバタと去っていく足音。ぶつかった肩をさすりながら、その背中を見送る。遠目からもわかる元気印の銀髪の、つんつん頭。

3年の木兎先輩かぁ……それなら仕方ないか、木兎先輩だし。とひとつ小さなため息をついて、落ちたものを拾おうと廊下に膝をつくと、ふと影がかかる。


「ちょっと!木兎さん!……すみません、怪我は、」
「あ、赤葦」
「うわぁ……本っ当にごめん。大丈夫だった?」
「大丈夫。今日も元気だね、木兎先輩」
「部活の時以外はもう少し静かな方がありがたいんだけど。……これ、どっかに運ぶの?」
「うん、資料室に」
「わかった。お詫びに手伝うよ」
「え。ありがたいけど……赤葦は急がなくていいの?部活じゃ、」
「いや。木兎さんは、夕方締切の課題出し忘れてただけだから」


今日は部活は休み。そう言うと、赤葦は床に散らばったそれをさっと拾い上げると、半分以上を抱えてすっくと立ち上がる。私の腕の中にあったときはひどくバランスが悪く見えたのに、赤葦が抱えるとしっかり抱えられているように見えた。

すたすたと歩く後ろから眺める赤葦は、肩幅が結構あって、背筋がしゃんと伸びている。

几帳面に左右等間隔で腕まくりされたワイシャツからのぞく前腕に、きれいに筋が浮いているのが見えて、どきりとした。


「苗字?」
「あ、ごめん、」


声を掛けられ、はっと我に帰る。

ぼうっと歩いていたら、ひとり資料室を通り過ぎていた。最低か。クラスメイトを色目で見てしまった。罪悪感。

不審げに首を傾げる赤葦の視線から逃れるように顔を伏せると、ブレザーのポケットに手を突っ込んで、先生に借りた鍵を取り出し鍵を開ける。

ガラガラと鈍い音を立てて横に引かれたドアを開けた途端、もわんと上った埃を窓から差す日光が照らして、きらきらと光った。


「……汚っ」


赤葦が思わず顔を顰めてこぼした言葉に、苦笑いを浮かべる。


「まあ、あんまり使われないからね、ここ。先生ズボラだし」
「で、どうしたらいい?これ」
「棚に戻してもらってもいい?置き場所にラベル貼ってあるから」
「わかった」


ふたり、背を向けて黙々と作業に取り組む。遠くで、何の鳥かはわからなかったけれど、鳥が鳴いているのが聞こえた。

大方片付け終わり、最後のひとつ。これはどこだとキョロキョロ見回せば、棚の一番上部分に先生の汚い字でラベルシールが貼られていた。


(これは届かないな、)


赤葦に頼もうかとちらと視線をやったが、彼は私よりも多く荷物を持ってくれていたうえに不慣れな作業だったからか、まだ手にいくつか資料を抱えてうろうろとしている。

仕方ないかと隅っこに置かれていた脚立を引っ張り出して、ハシゴの三段目に足を掛けたところだった。

──ガタン、と揺れた。


「うわっ」
「苗字?大丈夫?」
「……大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」


見れば、錆びついているせいか、金具がきっちり留まっていなかった。ぐぐっと手で押し込んで見るが、動く気配もない。これはだめだ、と白旗をあげた。

ちょうど作業を終えたらしい、赤葦が「まだある?」と声を掛けながらこちらへ向かってくる。


「ごめん赤葦ー、脚立押さえててくれる?」
「え、俺がやるけど」
「ううん、ちょっと一瞬だけ押さえてくれれば大丈夫」
「いや待って苗字、」


制止する赤葦を大丈夫大丈夫と遮って段を上がる私に、慌てた様子で赤葦がはしごを押さえて、心配そうに見上げる。目当ての棚に最後のひとつを戻し終えて、ふうと息をついた。


「よし、これでおしまい!ありがとー、赤葦。おかげで早く終わったや」
「……ああ、うん」
「赤葦?」


脚立の一番上から見下ろした赤葦は、不自然に顔を反らし目を床に落としている。

その頬はほんのり赤く染まっていて、何だどうした突然の風邪か?とわけがわからず首を傾げたが、赤葦がちら、とスカートのあたりに目を向けたものだから、ああそうかと苦笑する。


「スパッツ、履いてたよ?」
「いや、違くて。そうじゃないんだよ、俺」


そうじゃない、とは。

ますますわけがわからず傾げた首を更に傾げた私、と、あーだのうーだのと呻りながら、珍しくぐずついた様子を見せる赤葦。

言いたくないのなら別にそれでも、と違う話題を振ろうと口を開き掛けた時、赤葦はなにかを決意したような顔をして、ぱっと顔を上げた。


「苗字の脚っていいよね」


思考が吹き飛んだ。脚。足?


「何、の話をはじめるの、赤葦」
「苗字の脚がいいよねっていう話?」
「本人の目の前で?」
「褒めてるじゃん」
「セクハラでなく?」
「褒めてる」


真面目な顔して何言ってんだ、こいつ。

いや、私もさっき赤葦のことを色目で見てしまったし人のことをどうこう言えるかと言えばそんな筋合いはないのかもしれないのだけれど、少なくとも私は、それを口にしようとは思わない。

困惑する私を置いてけぼりに、赤葦は尚も口を開く。それも、彼も勢いで言ってしまったからと冷静でないのか、いつもよりもいやに饒舌に。


「何ていうかさ、ふくらはぎからくるぶしまでのラインがいい」
「ねえ、セクハラでなく?」
「褒めてる」


赤葦は依然として私の脚から視線を外すことなく、食い気味でそう言った。太ももとかでなく、ふくらはぎからくるぶしとかいうちょっとマニアックなことを言い出す時点でちょっと赤葦ってやっぱどこかズレてるとこあるよな、と思う。


「でも俺、かかとが一番好きなんだよね」
「……ねえ赤葦、私は一体何のカミングアウトをされてるのかな」
「え……俺の性癖?」
「小首傾げてもかわいくないからやめろ180センチ」
「違う、182.3センチ」
「細かい」
「大事なことだからね」


すっかり開き直ったらしい。

少し落ち着きを取り戻した様子で、赤葦は更に言葉を続ける。


「ちょっと靴脱いで、かかと見せてくれない?」
「今の流れでそれよく言えたね!?」
「だって、こんな機会滅多にないから」
「そんな機会は一生あって欲しくない」
「苗字、」


一生のお願い。

いつになく見ない、真剣な表情にどきりと心臓が跳ねた。

ここに来るまでの廊下で見えた、あの筋張ったたくましい腕が、脳裏をよぎる。あの手が自分に触れるのだと想像して、ごくりと唾を飲み込んだ。


「……ちょっとだけなら、」


ああ、顔のいい男って得だな、と思う。そしてそれに釣られる女ってアホだな、とも。

脚立の一番上に腰を下ろし、すっと赤葦に右足を差し出す。赤葦の顔は、見られなかった。

バレーボールを自在に操るあの節くれだった指先が、上靴のかかと部分に差し入れられゆっくりと脱がされて、壊れ物でも扱うみたいにそっと靴が床に置かれた。

続いて、膝下のハイソックスに指がかかる。するりするりと脱がされたそれがぽとりと靴の上に落とされたと同時、赤葦がぽつりと呟く。


「きれいだ、」
「……恥ずかしいから、やめてよ」


羞恥で、靴下を片方脱がされただけだというのに、衣服をすべて剥ぎ取られたような気分だった。

くすぐったいくらいに優しく、指でそっと踵のラインをなぞる。次いで、足の裏を。

それから、土踏まずを通って指先をゆっくりと撫でて、足の甲から膝の下まで手の平を押し当てるようになぞり上げて、ふくらはぎを降りてくる。そして、またかかとから撫で上げていく。

イケナイコト。

私は、一体ここで恋人でもないクラスメイトとふたりで何をやっているのだろう。

どれくらいの間、そういう風に触られていたのかわからない。ただ私は黙々と、普段は身長差で見ることのできない赤葦のつむじを眺めて、時々くすぐったさに肩をビクつかせるだけだった。

満足したのか、赤葦が手を止めふっと顔を上げた。脚にしか向けられていなかった赤葦の視線と、目が合う。知らない“男”の人の目──いや、欲をはらんだ雄の目というほうが適切か──に怯む。


「ごめん、勃った」
「わざわざ言わなくていいから!」


赤葦ってこんなキャラだったっけ。いや、きっと私が知らなかっただけなのだろう。

これはきっと、赤葦と恋仲にでもならなければ知りえもしなかった情報だった。……なったわけじゃ、ないけれど。

膨らんだズボンのそこに、嫌でも目がいく。男のひとの、生理現象。この状況下にそこにあるのは性欲だけで、間違っても恋など含まれていない。


「あの、俺、このままじゃ帰れないから」
「じゃあ私先に、」
「手伝ってもらってもいい?」


何言ってんの!?そう言おうと顔を上げて、赤葦の行為に口をつぐんだ。

赤葦は何も言わず視線を伏せたまま、ゆっくりと私の脚を持ち上げ足の甲、足首、ふくらはぎ、と順番にそっとかさついた唇を落としていく。

最後に、膝。

膝に口付けられたときに、こちらを上目遣いに見た赤葦と視線が合った。ぞわりと、背筋になにかが走る。悪寒や嫌悪ではない、何かが。


(……赤葦って、こんな色っぽい顔するんだ)


好奇心。性欲。怖いもの見たさ。……私が赤葦にこんな行為を許してしまう理由は、一体なんだというのだろう。

ただ、私だけ。私だけを欲して映す、その焦げそうなほどに熱のこもった眼差しは、なんだか心地が良かった。


「……何、すればいいの」
「何もしなくていいよ」


再び、赤葦は目を伏せる。カチャカチャと音を立てて外されるベルト、少しずり落ちたスラックス、しっかりと主張をしながら取り出された、赤葦のそそり立ったそれ。

知識としてはあったものの、見たことなどはなかった。あれが、自分に入ることを想像する。……無理、の一言しか浮かばなかった。赤葦の、手が伸びてきた。その手でするりと頬を撫でられ、そっと顔を持ち上げられる。苦笑まじりの、少し照れたような顔。


「恥ずかしいから、あんまり見ないで」
「……今更、恥ずかしいとか言うのおかしくない」
「安心して。触ってとか言わないし、膝より上は触らない。約束する」
「……わかった」


どこが安心できるのかはちっともわからなかったけれど、うなずく。

そして、冒頭に戻るわけである。


(ああ、ドラマ、見逃しちゃったな……)


赤葦は今、左手で私の脚を撫でながら、右手で自身をしごいている。

男のひとの自慰って、こんな風にするんだな。きつく握りすぎじゃないのかな。それに、あんな早く手を動かして摩擦で痛くならないのかな、ああでもなんか、先っぽの方からなんかぬめぬめしたものが出てるから、それでちょっと緩和されているのかな。手が動く度に鳴る、にちにちという音がなんとも生々しい。

本当にきもちいい、のだろうか、あれ。

あまりにも現実的じゃなくて、どこか他人事のように冷めた思考でいるのに、目だけはその様子をじっくり観察してしまっていた。

手持ち無沙汰な私は、赤葦の集中に水を差さない程度に、髪をそっと指ですく。赤葦の髪は癖っ毛でやわらかそうに見えるのに、思っていたよりごわごわとしていた。


「っ、は、イきそ……」


荒く、漏れた吐息まじりに発せられた合図。伏せられた長い睫毛に縁取られた目は、ぎゅっと閉じられていた。

それはきっと、好奇心とかほんの気まぐれとか、そういった類のものであったに違いない。

気づけば、何となしに、赤葦の性器に足を伸ばしていた。赤黒く充血して、今にも破裂しそうに皮の張る、大きく膨らんだそれに。


「! 苗字、待っ……」


私の意図を察した赤葦が焦ったように制止の声をかけたが、無視した。

触られているのと、反対の足。そのつま先が、そのまま先走りの溢れるその先端に触れる。少し厚手のハイソックス越しにもわかるくらいに、ぬるりとしていた。

そのまま撫でるように足の裏を滑らせると、赤葦はぎゅっと目をつぶって、小さく「ぁ、」と声を漏らした。なぞるように動いていた指先には力が入り、ふくらはぎを圧迫する。

その声と同時に勢いよく飛び出た白濁が、紺のハイソックスを汚していった。

湿っぽいそれの青臭さに、スカートにかからなくてよかったなと思いながら、ただ赤葦が射精を終えるのをじっと見る。

びゅるびゅるって言う効果音、射精を表すのによく使われるけれど、本当にそんな感じだ、なんてぼんやりとそれを見ながらどうでもいいことを考えた。

ふと顔を上げると、浅く息を吐く赤葦が真っ赤な顔で恨めしげにこちらを睨め付けていた。煽情的、という言葉のよく似合うその様子に、ごくりと生唾を飲む。


「……えっろ」
「どっちがだよ、」


萎えて硬さを失ったそれからゆっくりと足を離すと、つま先からにちゃりとした半透明な糸が引いていた。

ああ、靴下、水道で洗ってびしょ濡れのまま帰らなきゃな。


性春のすゝめ


(20210330)
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