短編 | ナノ




これと同じ設定のふたり。



初冬のひんやりとした空気が、顔に貼りつくようだった。

マフラーで覆いきれていない鼻先はきっと真っ赤になっていることだろう。触れた耳たぶはすっかり感覚がないほど冷え切っていて、あたためようと触れた、ポケットに入れたままでほんのりあったかった指先を途端に凍えさせた。

駅から家まで、歩いて10分。ヒールをカツカツ言わせながら、早足で歩く。すっかり遅くなってしまった。月はすっかり登りきり、歩道を照らす古い白色の街灯はちかちかと瞬いている。

ようやく見えてきたマンション。鍵を取り出しながら、逸る気持ちでエントランスへと入った。エレベーターを待つ時間が妙に長く感じられて、じれったくて、爪先をとんとんと鳴らす。

チン、と小気味良いベルの音とともにエレベーターを降りて、がちゃがちゃと鍵を言わせながら我が家のドアを開けると、音を聞きつけたであろう京治がちょうどリビングのドアから出てきてくれていたところだった。


「おかえり。休日出勤お疲れさま」
「ただいま〜。あーさむいさむいさむい」
「言うと思った。こたつ、あたためてあるよ」
「さすが京治!わかってる!」
「まあね」


ちょっとだけドヤ顔をした京治は、手洗い・うがいちゃんとしなよ、と言い残すとすたすたとリビングへ戻っていった。お母さんか。

マフラーをほどいて、分厚いチェスターコートをコート掛けにかけて、靴をきちんと揃える。ぬるま湯で丁寧に手を洗って、うがいをして。京治さまはこういうことがきちんとできないことに厳しい。億劫がる私は何度叱られたことやら。

ようやくリビングにたどりつくと、もぞもぞと京治と向かい合うようにこたつに入る。冷え切っていた脚先から太ももまでじんわりと熱が伝わって、ほんの少しかゆくなった。どうやら軽いしもやけのような状態になるほど冷えていたらしい。

京治がこたつの上に置いてあったポットに手を伸ばし、マグカップにココアの粉末とお湯を注いでくれていた。くるくるとスプーンでかき混ぜると、無言ですっとそれを差し出される。


「ありがと」
「うん」


ふーふーと息をふきかけて冷まして、舌先でちろりと舐めるように温度を確かめる。ほろ苦い甘さにほっとして、ふう、と思わず息を吐いた。


「ところで、京治くんや」
「なんですか、名前さんや」


こたつの木の天板にぐでんと片頬をのせて、だらしのない表情をする京治は珍しかった。


「これあたためてあるっていうか、あったまってたの京治くんよね、私のためにあたためくれてた感じじゃないよね」


散乱する大量の漫画本は仕事の資料だから仕方がないとしても、山積みのみかんの皮がテーブルのあっちこっちに置かれているし、空になったスティックタイプのインスタントコーヒーはゴミ箱に入れられることなく、無造作に放られている。

一体どれだけこたつから出なかったら、こうなるのだろうか。いつもきちんとしている赤葦京治という男をここまでだらけさせるこたつ、さすがの魔力である。


「名前のために俺の体温であたためてた」
「めっちゃ電源ついてるし、しかも高温に設定されてますけど。そんなに寒かった?」
「俺の体温であたためてた、名前のために」
「いや、倒置法使っても同じだよ」
「名前さん倒置法なんて言葉知ってたんですね、びっくりしました」
「すぐ馬鹿にする!君と同じ高校行けたくらいの学力はあるからね私!」
「なるほど」
「……怒ってるの?」


間。

ようやくこたつの天板から顔を上げた京治はきょとんとした表情を見せると、首をかしげた。


「え?何で?」
「……誕生日、一緒に過ごせなかったから」


そう。今日は恋人である京治の誕生日だった。今日はちょっと寝坊してブランチ食べて、一緒にのんびり過ごして、夜はちょっといいレストランで食事をしようね、なんて話をしていた。

にも関わらず、仕事のトラブルによる電話によって起床、口頭で解決できるような程度ではなく、そのままバタバタと出勤する羽目になったうえ、帰ってきたのがこの時間だ。


「仕事なんだから仕方ないだろ」
「そうだけど、」


そう。京治ならそう言ってくれるだろうとは思っていたけれど。

京治が逆の立場でも、きっと彼は仕事に行くし、私も仕事なんだから仕方ないでしょ、と笑って彼を見送るのだろうけれど。

こたつの上に散乱した、この彼らしくなさ、が私の行動が不満だったと思っているように見えて仕方がない。

そんな風に考えている私の思考はきっと彼に筒抜けで、見かねたのだろうか、京治は気まずそうにこほんとひとつ咳払いをした。


「じゃあ、」


残り数時間の俺の誕生日、何してくれますか、名前さん。

彼はそう言うと、にんまり挑発的に笑った。



君がいる生活



じゅうぅ……っと肉の焼ける音。普段じゃ絶対に買わないちょっといいお肉、にわさびと塩を添える。付け合わせにはマッシュポテト、それから京治のすきな菜の花の辛子和え、かぶとベーコンのコンソメスープ。和洋折衷ってことにしてもらおう。

ワンプレートにそれらを盛り付けて、最後にごはんをこんもり乗せて、ごま塩を振る。飲み物は、冷やしておいたシャンパンをグラスに注いだ。


「京治、ごはんテーブルで食べる?こたつ?」
「こたつ」


即答である。

更に、天板のうえの漫画本は本棚に戻さず、床に揃えて置き、みかんの皮やらのごみもちらしを折って作ったゴミ箱の中に放り込む有り様である。どんだけ出たくないんだよ。


「ごはんです。お米はもちろん兵庫の北農家さんのちゃんと!」
「うん、おいしい」
「仕事終わりに買ってきた高級ケーキ!この間京治がテレビ見てうまそ、ってぼそって呟いてたやつ!」
「おおっ」
「そして!プレゼントです!この間欲しいなって言ってたキーケース!お財布と同じブランド、色を選んでみました!」
「え、ありがとう。……さっきから思ってたけど、よく俺がいちいち言ったこと覚えてるよね、すごい」
「え?京治のことならなんでも覚えてるよ、全部」
「……あ、うん」
「あ、ちょっと照れた」
「うるさいな」


ほんのすこし顔を赤くして、ちょっと乱暴にケーキにフォークを刺す。

だけれどそれを口に含んだ途端、ふんわりほどけた笑顔になるのを、すっかり食べ終えた私は頬杖をついてただ見ていた。


「おいしい?」
「うん、うまい」


もっしゃもっしゃと、頬いっぱいにケーキを詰め込む京治の目は幸せそうに細められている。いいな、と思う。この顔がすきだ。高校の時から、ずっと。


「京治はさ、なんか食べてるときが一番幸せそうだよね」
「そう?」
「バレーしてるときも楽しそうだったかな」
「……名前といるときは?」
「呆れてるか、怒ってる方が多いんじゃない?」
「あー」
「否定してよ」


冗談だよ、と京治は笑う。が。

つい先日も風呂で溺れかけたり、顔に水をかけたりして散々呆れさせたりイラッとした表情をさせてしまったことがふと脳裏によぎる。あれは本気の顔だった。


「京治、よく私と付き合い続けてくれてるね……?」
「え。だって、楽しいし、幸せだなって思ってるよ、毎日」
「本当?」
「まあ、もうちょっときちんとしてくれたらなとは思ってるけど」
「……う」
「いいよ、そのままで。俺はそういうちょっとアホっぽい名前を好きになったんだし、」


床に置かれた折り紙製のゴミ箱の中から、みかんの皮のごみをひとつ指でつまむと、ぶらぶらと揺らす。


「そういう名前だから俺もちょっと気を抜いてこういうことができる」
「ねぇ、褒められてるのかけなされてんのかわかんない」
「褒めてる褒めてる」
「そう?」
「そうそう」
「京治、そうやっていつも作家さん誑かして書かせてるんでしょ、飴と鞭で」
「普段鈍いくせに、そういう変に鋭いとこも好き」
「京治このやろう!」


意地の悪い笑みを見せた京治に、こたつから出てその背に飛びつき柔く噛み付いた。ふたりで声をあげて笑いころげて、じゃれあって。

ああ、この人がすきだと実感する。ぎゅうっと強く抱き締めて、首筋に顔を埋めた。


「誕生日おめでとう、京治」
「うん、ありがとう」
「一緒にいてくれてありがとう」
「こちらこそ」
「……今日、一緒に過ごせなくてごめんね」
「まだ気にしてたの?誕生日なんて、来年も再来年もその先だってあるんだから」
「そっか。……よし、お風呂入れてこよっかな」
「一緒に入る?」
「京治からのお誘いなんて珍しい……!入る!」


たたたっ、と軽い足音を立てて風呂場へ駆けていく名前の背を見送ると、京治はごろん、とカーペットの上に仰向けに寝転がり、はぁ〜、と深いため息をついた。


「……なんでこういう時は鈍いかな、」


まあでも、明日も明後日も来年も再来年も、ずっと。ふたりで一緒にいることが当たり前の日常だという認識だからこそのあの鈍さなんだろうしまあいいか、と京治はふふっと頬をゆるませた。



(20201205)
タイトル:コペンハーゲンの庭
赤葦お誕生日おめでとう!すき!
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