短編 | ナノ



※大学生パロ


ゴウン、ゴウンと音を立てる大きな乾燥機。

そのなかでは白いシーツと薄い灰色の布団カバーと枕カバー、それからつい昨日おろしたばかりのパジャマが回っている。暑くなる夏に合わせて買ったコットンサッカー生地のそれはレモン色と鮮やかな若草色と薄い水色の3色のストライプ柄で、乾燥機の中でくるくると色鮮やかに踊っていた。

夜のコインランドリーは人気がない。

土日の昼間に来るといつも誰かがいて、漫画の並べてある棚の前の席を陣取っているか、隅に置かれたガタガタ揺れるパイプ椅子の真ん前にあるワンコイン式のフットマッサージャーで疲れた顔をしたおじさんが目を閉じて、時折いびきをかいているものだが、平日夜、この時間はどちらも私のものである。

イヤホンをつけてすきな音楽を聞きながら、時にはふんふんと機嫌良く口ずさみながら。たくさんの人に読み倒されたであろう表紙のぼろぼろなジャンプをのんびり眺めて、フットマッサージャーにバイト終わりのパンパンにむくんだ足を揉みほぐしてもらう。最高。

小さな音を立てて、自動ドアが開いた。入ってきたのは薄手のパーカーにハーフパンツ姿の金髪の男の人。ああたまに見かける同じ大学のイケメンひよこ君かとチラと見て、またジャンプに目を落とす。

大学近くのこのコインランドリーには、付近に学生向けの下宿がいくつかあることもあってか、私と同じように夜遅くまでアルバイトをしてきたであろう学生が、翌日のシフトのためにバイト先の制服の洗濯をしに来ることは珍しくない。こんな夜遅くに洗濯機を回すわけにもいかないからコインランドリーへ、というわけだ。考えることはみんな一緒だ。

彼はよく遭遇する内のひとり。ふわふわとしたやわらかそうな金髪。すらりと高い背、整った顔、ハーフパンツからのぞく脚にはしっかりと筋肉がついている。ぼんやりと洗濯機が回っているのを眺めている間、時折従兄弟のユーシくんとやらから電話がかかってきていて、よくくだらないことで喧嘩をしている。

声は少し低め。それからきっと、負けず嫌い。「浪速のスピードスター舐めんなや!」とことあるごとに彼は言うからきっと足が速いのだろう。誰がつけたあだ名なんだろうか。それから、その電話のなかで時々楽しそうに声を上げて笑う横顔が、きらきらしていて素敵。

こうして並べてみると案外結構知っているな、と指折り数えてみる。何なら彼のお友達の名前まで私は把握している。よく連絡を取っているのは一番仲の良いであろうシライシくん、ちょっと生意気な後輩らしいザイゼンくん。けれど、一向に彼の名前はわからないまま。心のなかでひよこくんと彼を呼び続ける日々だ。

洗濯物をぽんぽん洗濯機に投げ込んでいる彼の横顔を、こっそり伺う。ああ、今日もカッコいいなぁ。決して彼女になりたいとか、そんなわけではないけれど。アイドル的存在、目の保養。でもあわよくばちょっとお話ししてみたい、くらい。

100円玉がなかったらしい彼は、私の座ってる椅子のすぐ横にある両替機の前に立つ。いかんいかん、じろじろと不躾に見すぎだ。再び読みはじめたジャンプは、ちっとも内容が頭に入ってこなくてページをめくる手が一向にすすまない。


「ああ!?」


突然の大声に驚いて、顔を上げる。目の前の真っ白な床には、ちゃりんちゃりんと音を立てながら小銭が散らばっていた。両替を終えた小銭を財布に入れようとして、うまくできず落としたらしい。よくあるよくある。


「あー、もう。すんません……」
「いえ」


「いえ」って、何だよその返答愛想ゼロかよ。咄嗟に出てきた自分のかわいげのなさにうんざりしながら、ころころと転がる100円玉を拾う。椅子の上から動かずただ手を伸ばして拾うだけの私からは、しゃがみこんで足元の小銭を拾う彼のつむじがよく見えた。きっちりブリーチされた髪は傷んでいる様子もなく、きれいに頭のてっぺんから渦を巻いている。

あ、かわいいな、と思った。思わず手をのばして、触れる──


「あの、」
「はい、どうぞ」


──なんてことは当然できるわけなく、伸ばした手は差し出された彼の手のひらに小銭を置くだけであった。指先が、ほんの少し手のひらに触れただけ。


「どうもすんません。おおきに」
「いえ」


はい、再び愛想のない返答しかできない残念な女でした。要領の良い子ならここぞとばかりにこれを機に彼とお近づきになれるのだろうなぁ。残念なことに私にはできなかったので、ひとつため息をついて、先程すこしだけ触れた彼の体温にどきどきしながら、ボロボロのすりきれたジャンプのページをめくる作業に戻ろうと思います。

自分から動かないと何も進展しないよ、とこの間サークルの飲み会で酔っ払って顔を真っ赤にした恋多き先輩に言われた言葉が脳裏をよぎった。言われたときはうまく掴めなかったその言葉だったが、なるほど、こういうことかと納得する。

また、くるりと背を向け100円玉を投入する彼の横顔を、こっそり眺める日々に戻るということだ。


「あの、」


戻ると、思っていたのに。

戸惑いがちに、声を、かけられた。彼の視線はこちらをしっかりと捉えている。目が合って、とくんと心臓が跳ねた。少し緊張したようなこわばった顔に、つられて私までふっと身がまえる。

彼の口がゆっくりと開く──


「柔軟剤、いつも何使てますか?」
「……え?」


柔軟剤いつも何使てますか?

え?なに?

思わず聞き返してしまった。いや意味はわかる。私が日頃使っている柔軟剤の銘柄の話ですよね、わかります。わかるんだけども、ちょっとそれは全然思ってもみなかった質問で。え、もしかして私臭かった?答えあぐねていると、彼はハッとなにかに気づいたようで、慌てて何かを否定するように顔の前で両手を大げさにぶんぶんと振った。


「ちゃう!ナンパちゃうで!」
「いや、そんな風には思ってなかったですけど……」
「ほんまに?」
「ほ、ほんまに」


だってナンパだったとしたら切り口が斬新すぎる。

良かったー!とほっと胸を撫でおろす彼。ころころと表情が変わる様子は、見ていて楽しい。横顔を眺めるだけの日々では、きっとわからなかったことだろうなと思った。あと方言ってなんかずるい。なんかかわいい。にかっと笑って彼は続ける。


「今乾燥機の前通ったら、めっちゃええにおいするなーと思って、つい聞いてしもたんです」
「そう、ですか」


彼の問いの意味がすとんと落ちて、ちょっぴり気がゆるんで思わず笑ってしまった。それから、柔軟剤の銘柄とその香りを彼に伝える。すずらんとカモミールの甘すぎない清潔な香りは、彼にもきっと似合うだろう。

会話終了。石鹸のにおいがほんのりする、ちょっぴり湿った空気が沈黙をくるむ。再び先輩の自分から動かないとなにも進展しないよ、という言葉が頭をよぎる。進展させたいのかはわからないけれど、何だかこのまま終わってしまうのは惜しくて。

聞きたいこと。彼について知りたかったことはなにかなかっただろうか──。あ。


「あの、私も教えてもらってもいいですか」
「え!?あ、はい。ええですけど」


俺に答えられることやったら。そういう彼はちょっぴり眉を下げて困り顔だった。答えられることではあると思うけれど、答えたくないことではあるかもしれない。


「お名前、教えてもらえませんか」
「え、俺の?」
「……もし良かったら、でいいんですけど」


ぽかんと開いた彼の口。そうでしょうね!さっきまで知り合いでもなかったその辺の通行人Bでしたもんね!それにしても、驚きすぎではないだろうか。逆ナンとかよくされてそうだし、名前なんて聞かれ慣れていそうなものだけれど。

逆ナン。ふっとその単語が彼を戸惑わせている原因かと思いつき、彼がさっきやったようにぶんぶんと両手を振る。


「違います!逆ナンじゃないです!」
「いや、それ、さっき俺が言うたやつやん」


ほんのすこし気が抜けたように、彼の表情に笑みが戻った。


「ええと……大学、同じですよね。それに、ここでよく会うから」


しどろもどろで、言葉を発するたびに段々と目も合わせられなくなる私の顔を、彼がのぞきこんで、にかっと笑う。きらきらとしていて、眩しくて、目が離せない。


「謙也。忍足謙也や。仲良うしような」


ピー、と乾燥機が作業を終えたと合図を出す。パジャマの鮮やかなストライプが、最後にゆっくりと乾燥機の中をくるりと回って、落ちた。






(20200708)
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