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2021/02/16 00:34



「ん」
「あ?」


差し出された小さな小箱に、土方十四郎は困惑していた。直属の部下である彼女はいつまでも受け取らない土方に、押し付けるようにぐっとその腕を更に伸ばす。


「んっ……!」
「いやお前、何処のカンタくんだよ」


とりあえず受け取らないと話が進まないらしいと察した真選組一空気の読める男、土方十四郎は大人しくその小箱を受け取った。


「やーいお前ん家、マ〜ヨや〜しき〜!」
「マヨネーズ馬鹿にすんな、切腹させっぞ」
「すみませんでした」


顔の横に両手を添え大きく目を見開きながら叫んだはいいものの、土方に叱られすぐさまふざけた顔をしまった彼女は、えらく気まずそうな顔でそわついている。


「で。これは一体何だ」
「……昨日、バレンタインだったので」


昨日までピンク一色だった街を土方は思い出す。


「………ああ。そういやそんなイベントもあったな」
「副長には、いつもお世話になってますから」


決して土方と目を合わせようとしない彼女の語尾が乱れていた。近藤さんが全裸で酒を飲んでようとちっとも動じないくせに、一丁前に照れているらしい。

黄色い包装紙は少しシワがついており、かけられた赤色のリボンはくしゃっとした跡がついている。随分と長いこと懐に入れていたようだった。

昨日は、急遽大捕物が入ったんで渡せなかったんですけど。彼女は小さくそう言い訳をこぼした。


「……まあ、味は保証できないのですが」
「待て、作ったのか?俺のために?」
「市販のだと甘すぎるかなって。甘いもの苦手でしょう、副長」
「お前、」


ようやく土方と目を合わせた彼女は照れくさそうにはにかみながら、頬をかいた。

真選組のなかでは割と素直で言うことをきちんと聞く、可愛げのある部下だ。こんな風に慕われることに、悪い気はしない。

不器用ながら丁寧にほどこされたラッピングをほどくと、土方は小箱を開ける。中から出てきたのは、綺麗な丸粒のチョコレート──では、なく。


「……いや、なんでおはぎ?」
「それしか作れないんです、私。なんせおばあちゃんっ子だったんで」
「ああ、そうなんだ」
「安心してください、甘さ控えめの餡の下にちゃんとマヨも入れてます。ちなみにマヨも手作りしてみました、なんせおばあちゃんっ子だったんで」
「それ、本当におばあちゃんっ子関係ある?」


おばあちゃんはさておき、すげぇな、と土方は素直に感心した。バレンタインというイベントの方向としてはなんだか違うような気はするが、別に特にこだわりがあるわけでもない。

手に取ってひとくちかじれば、ちょうどいい甘さの餡子の味が口内に広がった。それから、市販のものとは違いツンとしないマヨネーズのまろやかな酸味が追いかけてきて、程よく弾力のあるもち米部分がそれらを包む。


「うめェな」
「本当ですか!?」


不安げな顔を一転させ、ふふ、と笑みを浮かべ嬉しそうな顔をした部下につられて、土方は思わず口元を緩める。

──その途端、異変は起きた。

ぎゅるるるる……

腹が、不穏な音を立てる。つう、と嫌な冷や汗が背をつたった。ほころんでいた土方の表情が、こわばる。


「あ、ちなみにそのマヨネーズ、沖田隊長が作るの手伝ってくれたんですよ。『土方さんに日頃お世話になってんのは俺も同じでさァ、でも俺が手伝ったなんて恥ずかしいから言うんじゃねェぜ』って言われてたんですけど。照れ屋さんなんですね、沖田隊長って。……ってあれ、副長!?副ちょーう、どちらへ!?」


それを聞いた途端、彼女を騙し言いくるめ、血走った目で舌なめずりしながらマヨネーズに下剤をしこむ、悪魔のような顔をした総悟の顔しか浮かばなかった。

蹴破るように勢いよくふすまを開けると、土方は腹を抱えながら厠へと繋がる廊下を駆け抜ける。


「よう、無事渡せたみたいですねィ」
「あ、沖田隊長!おかげさまで!でも副長、一体どうしたんでしょう?」
「たぶん俺が作ったマヨネーズのあまりの美味さに驚いただけでさァ。そんなことよりほら、褒美でィ、ゴジバのチョコ」
「! そんな!沖田隊長から逆チョコを頂けるなんて……!あ、でも、一体何のご褒美でしょうか?」
「いいから。ほーら食いなせェ、はい、あーん」
「えええ恐悦至極です!あ、あーん……って辛ァ!!え!?なにこれ!?水!水!」
「ウイスキーボンボンならぬ、タバスコボンボンでィ。気に入ったか?」


遠くで、見事に総悟のおもちゃと化した彼女の声が聞こえる。

沖田総悟からは、何も受け取るな。

土方は、厠から出たら真選組において一番大事なそれを彼女にきっちり教えこもうと決意した。


(20210216)
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