涙のあとに

ガチャリと部屋の扉が開く音がして、ベッドが軋んだと同時に優しい手つきで髪を梳かれる感触に意識が少しずつ覚醒していく。レノ、帰ってきたんだ…。うっすら目を開けたら、私を見つめるエメラルド色と目が合った。

「悪い、起こしたか?」
「ううん…。おかえり、レノ」
「おー、ただいま」

細められた瞳に微笑んで返す。想いを伝えあってから、早いものでもう3ヵ月程が経とうとしていた。それぞれの家はあるけど、こうしてレノは仕事が終わるとたまに私の部屋を訪れる。本当は、一緒に住みたいくらいなんだけど。

「いま、何時…?」
「んー?2時過ぎかな、と」
「そっか、遅くまでお疲れ様、レノ…」

ベッドの淵に座ったレノに寝惚けながら擦り寄ったら、またふわりと優しく頭を撫でられる。いつも付けているウッディ調のほんのりムスクが混じった香水と、シガーの匂い。私が大好きなレノの香り。

「レノの香り、落ち着く…」
「っふは、ナマエ、寝惚けてんのか?」

可笑しそうに笑いながらスーツを脱ぎ捨てて、レノは隣に潜り込んで私の首の下に腕を差し入れた。

「まだ眠いんだろ、寝ていいぞ、と」
「…ん、でも、」

数日ぶりに会えたんだ。もっと話したいし、触れていたい。そんな想いが通じたのか、唇に優しく落とされた触れるだけの口付け。もちろん嬉しいけれど、どこか落胆している自分もいて。
レノは、必要以上に私に触れてこない。遠慮されているのか、気を遣われているのか、もしかしたら距離を置かれてるのかとすら、最近は思ってしまう。相変わらずレノは優しいし、私を大切にしてくれていることは分かってる。でも、ふと見せるどこか遠くを見つめるような表情や、何かを考え込んでいるような様子に、いくら疎い私でも気付かないわけがなかった。恋人になれたのに、心は遠くに感じてしまって、それが寂しい。やっぱり頼りないのかな、なんて不安で胸がいっぱいになって、私はレノの厚い胸元に顔を埋めた。

「ナマエ?」
「…レノ、私じゃ、頼りない?」
「は?急にどうした?」
「だって、何か悩んでそうなのに…私には何も話してくれないから…」

言っておきながら、駄々をこねる子供のような自分の態度に、レノの反応が怖くなった。埋めた顔を上げられずに、沈黙をぐっと耐える。頭上から深い溜息が聞こえてきて、思わずビクリと身体が強ばった。…呆れられた?面倒だと思われた?次に掛けられる言葉が怖くて、ぎゅっとレノのシャツを握り締める。

「今から言うのは、独り言な」
「…え?」
「俺がタークスでいることでナマエを危ない目に合わせることがこの先あるかもしれねーだろ。辞めるつもりは微塵もねえけど、……はは、こえーのかもなァ」

乾いた笑いが聞こえて、その言葉に胸が締め付けられた。そうやってずっと悩んでたの?ひとりで抱えないでって、言ったのに。それがレノの優しさだって分かってるけれど、やっぱり悔しい。

「なにがあっても、私は大丈夫だよ」
「ばーか、独り言だって言ったろ?」
「じゃあ私も今から独り言。タークスがなに?レノはレノでしょ」
「…タークスが怖くねえのかよ、と」
「怖くないよ。タークスの人たちが間違ったら、私が止めるって啖呵切っちゃったし。…それにね、」

顔を上げて、エメラルド色を真っ直ぐ見つめる。

「レノがタークスだったから、私はレノと出逢えたんだよ…?だからそんなに悩まなくて大丈夫。ね、レノ」

そう言った途端、レノは息を飲んで私の後頭部に手を添えてぐっと胸元に押し付けられた。微かに鼻を啜るような音が聞こえてきて、目を丸くする。

「…レノ、泣いてるの?」
「っふは、泣いてねぇよ…。あ、おい、こっち見んなバカ」

ほんの少し潤んだように見えるエメラルド色に、嬉しくなって笑う。きっとレノの涙を見れるのは、この世界で私だけ。そう思ったら、レノへの愛しさが溢れてどうしようもなくなった。

「ね、レノ。それで、あんまり触ってくれなかったの…?」
「…はは、ソレ、すげー煽り文句だな、と」
「そっ、そんなんじゃ、」

ニヤニヤと意地悪く口角を上げたレノに、慌てて首を振る。そういう意味で言ったんじゃなくて、なんて言おうとした瞬間に噛み付くように唇を塞がれて。息まで飲み込まれるような強引なキスに頭がくらくらした。

「ん…レノ、っ」
「は、…手出したら最後、ホントにおまえのこと逃がしてやれねーからな。でも、…へぇ、俺に触って欲しかったんだ?ナマエちゃんは」
「だ、だからそういう意味じゃ、…!」
「覚えてろよ、ナマエ。おまえのことも嫌って程、鳴かせてやるからな、と」

ギラリと強く光ったエメラルドに射抜かれて、拒絶の言葉は何一つ出てこなかった。求められることがこんなに嬉しいんだって、知ってしまったから。

翌日、昼過ぎに起きた私は、左手に違和感を覚えて手を掲げた。カーテンの隙間から差し込む陽の光に照らされてキラキラと光る薬指のプラチナリングに、結局私まで大粒の涙を零した───。


(→あとがき)
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