日陰にくもる


どこかにいるであろう子供たちを探し回った果て、お世辞にも綺麗とは言えない濁水が溜まった小さな池に浮かぶ瓦礫の上に、ふたりの子供の姿を漸く見つけた。それから、子供をじっと見据え狙いを定める魔物の姿も。刺激しないようにと遠回りをして、その様子を窺っていたら、大剣を背中から引き抜きながらクラウドが私を振り返り見た。同じようにしてロッドを構えながら一歩前に出るエアリス。

「…離れていろ、ナマエ」
「ここで、待ってて。すぐ、終わらせるから」

また、私には何もさせないつもりらしい。そんなふたりに苦笑して頷いて、言われるがままに端へと身を寄せて、魔物に斬りかかっていくクラウドの背中を見つめた。確かに元ソルジャーだと言うだけある。軽い身のこなしで、大きな鉄の塊をものともせず振り回し薙ぎ払う様は、素人のそれではない。エアリスもエアリスで、弱点を瞬時に見抜いて次々とロッドから攻撃魔法を繰り出し、的確に母数を減らしていく。できることなら敵対したくない相手ね、なんてぼーっとその様子を眺めていた私は、すぐ傍まで忍び寄ってきていた魔物に不覚にも気付けなかった。

「ナマエ!危ないっ…!」
「え?…っ!」

エアリスが叫んだと同時にその視線を辿って、素早くホルスターからハンドガンを引き抜く。これくらい、なんの問題もない。そう、普通だったら、だ。

「エアリス!?」

何を考えているのか、魔物と私の間に飛び込んできたエアリスに目を見開く。思わず上げてしまった驚愕の声にクラウドもこちらを振り返ってぎょっと目を見張ったのが視界の隅に見えた。慌ててエアリスの身体を引き寄せようとして伸ばした手より、魔物が振り翳した腕の方が僅かに早かった。

「っきゃあ!」
「エアリス…!!」

魔物の腕によって、エアリスの身体は真横に跳ね飛ばされた。どさりと地面に倒れ込んだエアリスにのしかかろうと飛び上がった魔物に、反射的に構えたハンドガンのトリガーを引く。パン、と独特の音が響いて、弾丸は魔物の額に真っ直ぐ命中した。すぐに溶けだした猛毒に蝕まれ、気味の悪い断末魔と共に魔物は露と消えていく。それに一息つく暇もなくエアリスを抱き起こすと、残っていた魔物を始末し終えたクラウドもすぐさま駆け寄ってきた。

「エアリスっ!大丈夫!?」
「おい、平気か!」
「いたた、…うん、全然、だいじょうぶ」

照れたように笑ったエアリスに、やっと安堵の息を漏らした。見たところ怪我もしていないようだし、痛がっている様子もない。ほっとしたのは一瞬で、すぐに込み上げて来たのは困惑だった。

「どうして、あんな危険なことしたの…!」
「えへへ…ナマエが危ないって思ったら、身体が勝手に、動いちゃった」
「………それ、だけで…?」

予想外の答えに、狼狽えながら聞き返した声は、自分でも驚くほど震えていた。それだけだよ、と微笑んだエアリスに、足元から何かが崩れ落ちていくような形容し難い感覚を覚える。本当に、なにもかも理解できない。ついさっき会ったばかりの見ず知らずの他人に、どうしてここまで出来るの?自分の危険を顧みず私を助ける価値は、エアリスには無いでしょう。だって私は、あなたたちを騙して利用しているのに。打算も思惑も何もない、あまりにも純粋で単純な答えに、握り締めた拳が震える。

「エアリス、無茶しすぎだ…」
「うん、ごめんね、クラウド」
「ナマエ。あんたも怪我はないか?」
「………うん」
「なら良い。…目を離して悪かった」
「……っ」

微かに下げられた眉と、安堵の色が浮かぶ魔晄の瞳に息を呑む。何のために私がここにいて、何のために行動を共にしているのか、全て叫びだしてしまいたいくらい感情が掻き乱される。それくらい、真っ直ぐに向けられた優しさや気遣いが、劇薬のようにじわじわと心を蝕む。
仮面をつけて、懐に入り込んで、目的を達成したらそっと姿を晦ますか、あるいは、ターゲットを抹消する。その時のターゲットの顔は決まって、絶望と恐怖と、生への懇願で染まって、それに思うところがある訳でもなく作業のように手を下してきた。そんな偽りだらけの関係の中で、こんなに純粋な感情を向けられたことなんて無かった。ずっと日陰で生きてきた私には、クラウドやエアリスの暖かさが眩しすぎて怖い。それなのにどうして、ここに居心地の良さを感じてしまうんだろう。私の居場所はただ一つ、タークスだけなのに。
私は…。私は、この任務が終わったらクラウドを、これまでと同じように、────消せる?そんなことを考えて、途端に胸が締め付けられるようにじくじくと痛んだ。

「ナマエ?顔色、良くないね…」

心配そうなペリドットの瞳が私を覗き込む。もしかしたら、私の目も不安で揺れていたのかもしれない。背中に触れた温かいエアリスの手に、私はゆっくり息を吐き出して頷いた。

「…大丈夫。子供、早く助けてあげて」
「俺が行く」

静かに頷いたクラウドが濁水に浮かぶ瓦礫に飛び移るのをエアリスと見守って、無事両腕に子供たちを抱えて戻って来てほっと胸を撫で下ろした。そんな自分にまた驚いて、次第に変わっていく自分の思考が怖くもなる。

"くれぐれも相手に情は移すなよ"

オフィスを出る前のルードの言葉が蘇る。そんなことあるはずがないと、笑って一蹴したのが遠い昔のことのように感じて。

「かっこいい…!」

そっと地面に下ろされた女の子がクラウドを見上げて、羨望の眼差しでそんな言葉を呟いた。返答に困って照れたように顔を逸らすクラウドに、気が付けば私はふっと息を漏らして笑っていた。それに驚いたのは自分自身だけじゃなく、ふたりは目を丸くして私を凝視した。

「クラウド、いま、ナマエ…笑ったよね?」
「…笑ったな」

珍しいものでも見たかのように目を輝かせるエアリスと、未だに驚愕した表情のままのクラウドに、今度は私が顔を逸らす番だった。クラウドといた時といい、気が付けば自然と顔が綻んでしまうのは、一体どうしてなんだろう。本当に、不覚としか言い様がないのに、訪れるのは心がじんわり暖かくなるような不思議な感覚。あまりにも嬉しそうにエアリスが微笑むから、クラウドの瞳には優しい色を浮かんでいるから、抜け出せない泥濘に足を取られたように、頭の中はぐちゃぐちゃだ。

「笑いたいときは笑って、泣きたいときは泣いて、怒りたいときは怒るの。そうしたら、きっと本当の自分が、見つかるよ」
「…どういう、こと?」
「ナマエだけじゃなく、クラウドも、ね」
「?…よく分からないな」

穏やかに微笑んだエアリスの言葉に、私もクラウドも揃って首を傾げた。本当の自分、それは少し前にも言われた言葉。ただ、その時に感じたような言い様のない不安や苛立ちは、もう感じなかった。
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