出逢いと重ねる嘘
行先は伍番街スラム。古代種の家にターゲットが上がり込んだという情報が、ピアスを通して入って来たのはついさっきのことだった。
「ナマエさん、到着しました」
「ありがとう、ご苦労さま」
プレート上の伍番街に車を停めてもらって、ここからは支柱を使ってスラムに降りる。本当はスラムまで車を使えれば良かったけれど、整備されていない荒廃したスラムに車で乗り入れるのは得策じゃない。緊急脱出用のダクトを伝って支柱上部へ渡り、鉄階段を駆け下りてスラム市街地へ急ぐ。パンツスーツに慣れすぎて、走る度に足に纒わり付くスカートが邪魔で仕方ない。
スラム市街地に入った途端、運良くレノから聞いていた特徴そのままのターゲットが目に付いて、物陰に一旦身を潜めた。あれが、クラウド・ストライフ…。ツンツンと立ち上がった金色の髪と、クラス・ファーストのソルジャー服に、人の背丈程ある大剣。間違いない。腕時計を口元に寄せて、小さく声を出す。
「…ルード、聞こえる?」
『どうした、ナマエ』
「ターゲットを見つけた。古代種は一緒じゃないみたい。これから接触する。近くに兵士はいる?」
『数人だが市街地の周囲を張らせている。使うのか?』
「使えるものは何でも使う。兵士に私を追わせて」
『…了解』
ぷつりと無線が切れる音がして、それからすぐに後方から複数の足音が聞こえてきた。流石はルード、仕事が早くて助かる。ちらりと後ろを振り返って兵士が走ってくるのを確認した私は、物陰から勢いをつけて飛び出してターゲットに向かって走った。
「…?」
足音に気付いた男がこちらを振り向いた瞬間に、そのまま胸の中へ飛び込んで服にしがみつく。
「っ助けて!追われてるの…!」
「は…?……、こっちだ」
切羽詰まった声色を意識しながら、その男の顔を見上げて助けを乞う。一瞬眉を顰めて怪しむような表情を浮かべた男は、後方から走ってきた兵士を見てぴくりと眉を動かすと、私の腕を引いて建物の隙間に入り込んだ。
これで第一関門は突破、ね。ここからがタークスの本領発揮。情報を引き出すには、近しい関係になるのが手っ取り早く一番効果的だ。──そう、この男を手中に落としてしまえば何も問題はない。
「ありがとう、助けてくれて」
「…何故神羅に追われている?」
「わからない…。いきなり、アバランチがどうこうって追いかけてきて…」
「あんた、アバランチなのか?」
驚いたように聞かれたその問いに、ふるふると頭を振って答える。やっぱり食いついた。少ないながらもこちらには情報がある。恐らく、この男のキーとなるのはアバランチ。その名を出せば、案の定少しばかり警戒が緩まったのが手に取るようにわかった。私より少し高い位置にある顔を見上げたら、男も同じように私を見下ろしていて、交わる視線。吸い込まれそうな魔晄の瞳と、綺麗な造形の顔。それに思わず見蕩れてしまった自分を、バカバカしいと心の中で叱咤して、すぐに気持ちを入れ替えた。
「もう近くに兵はいないようだが、しばらくは目立たないように気を付けた方がいい」
「うん、わかった」
その言葉に頷きながら、目の前の男を観察する。感情が顔に出にくいタイプなのか、はたまた感情自体が欠落しているのか、精巧に作られた人形のようにあまり変わらない表情。警戒心が強く、他人に無関心。心を開いてもらうにはそれなりの根気が要りそう。仕事だからやるけれど。
「私、ナマエ。あなたは?」
「クラウド・ストライフだ」
「クラウド、助けてくれたお礼をしたいんだけど…」
「必要ない。たまたま通りかかっただけだ」
ぴしゃりと一刀両断された誘いに、ここは一旦引くべきかと判断する。この手のタイプは、押しすぎて不信感を与えると壁を作られて面倒だから。そうなってしまったら最後、この任務も失敗に終わる。
「そっか、引き留めてごめんなさい。もう大丈夫だと思うから行くね。また、どこかで」
「ああ。……おい、」
他の作戦を考えないと。そう思考を巡らせつつ、大人しく引き下がってクラウドの横を擦れ違うように通り抜けようとした時に、突然腕を掴まれて足が止まる。思ってもみなかったクラウドのその行動に、まさか何かしら勘付かれたのかと警戒しながら魔晄の瞳を見上げる。
「、なに?」
「あんた、その足は?」
「足?…あ、」
クラウドの視線を追って左足に目をやって、その意味を理解した。全く気付かなかったけれど、ふくらはぎが切れて血が滲んでいる。多分物陰に身を隠した時に飛び出た鉄材か何かで切ってしまったんだろう。幸いそこまで深い傷ではないし、これくらい放っておいてもその内治る。でもクラウドは何故か無造作に置かれていた木箱の上に私を座らせて、その足元にしゃがみ込んだものだから、ぎょっとして目を見開く。
「ちょっと、なにを…」
「なにか布、持ってるか?」
「こんなの放っておいても平気だから」
そう口に出してから、今の返答はまずかったと後悔した。クラウドの不可解な行動に気を取られて、思わず素が出てしまった。これまで幾度となくこなしてきた潜入任務で、今更こんな初歩的なミスをしてしまうなんて有り得ない。
「浅い傷だしすぐに塞がるよ。ありがと、クラウド」
微笑みを貼り付けて、失態を挽回するべく言葉を重ねる。大丈夫、まだ取り戻せる。そう思ったのに。顔を上げたクラウドと目が合って、吸い込まれそうな魔晄の瞳にじっと見つめられる。ああ、息が、詰まりそうだ。
「…嘘ばっかりだな、あんた」
「───え?」
形のいい唇が動いて、空気を震わせた言葉。ドクリと心臓が嫌な音を立て、背中を冷や汗が伝った。全てを見透かされているような居心地の悪さを感じる。それでも視線を外すことは出来なかった。視線を逸らしたら最後、それは肯定と同義だ。
「無意識に足を庇っていた。それに、さっきのあんたが本当のあんたなんだろ?普通にしててくれ、こっちまで疲れる」
「っ……はぁ、」
淡々と無表情で吐かれた棘のある言葉に思わず溜息が零れた。それは任務を存続できる安堵からでもあったし、怒りにも似た感情からでもあった。私はタークスとしてここにいる。本当の私?そんなもの最初からあってないようなもの。任務のためなら自分なんて平気で棄てられる。貴方に私の何がわかるの。
「とにかく、手当てが先だ」
「大丈夫だって…」
「駄目だ」
呆れたように小さく溜息を吐いたクラウドが立ち上がると同時に再び腕を引かれて、通りの方へ連れ出される。呆れてるのはこっちだ。他人に興味もなさそうな顔をしているくせに、なんて強引でお節介な人なんだろう。そうは思っても、足の怪我を考慮してか歩調はゆっくりで、革製のグローブから伝わる微かな熱に否定の言葉は出てこなかった。