硝子の向こう


「ナマエ、お前に次の指令を言い渡す。クラウド・ストライフという男に取り入って情報を引き出せ。どんな手を使っても構わない」
「…了解です、主任」

諜報、暗殺、拉致、脅迫。目的の為なら手段を選ばず、とても表には公表できない神羅の汚れ仕事を淡々とこなす、それが私たちタークス。敬意を込めて胸に手を当てて主任に頭を下げ、ターゲットに関するファイルを受け取ってから、主任らしく塵ひとつない整理整頓が徹底された部屋を後にした。潜入任務、か。油断したとは言え、あのレノが苦戦を強いられた相手。この任務、きっと一筋縄じゃいかないだろうな。

「お前、あの元ソルジャーのとこ行くんだって?」

噂をすれば何とやらだ。扉を閉めた途端に背後からかけられた特徴的な声。それが誰なのかは振り向かずともわかったけれど、敢えてそうしない理由もなくゆっくりと振り返って派手な赤毛を視界に入れた。

「レノ…。そう、貴方がヘマをしたせいよ」
「あーハイハイ、それは悪かったな、と」

悪びれもせず軽く流されたそれに呆れながら、自分のデスクへと向かって歩く。未だに若干足を引き摺っているレノの様子からして、そのクラウドという男にかなり手酷くやられたようだ。チェアに腰を下ろしながら、主任から受け取ったファイルを開く。
"クラウド・ストライフ、年齢不詳、元ソルジャー、自称クラス・ファースト、アバランチと行動を共にしている"
残念ながら特に目新しい情報は無いらしい。そもそもがそれを探るための潜入任務なんだろうけれど。察するに主任の目的は、ターゲット自体と言うよりは同行している彼女。

「レノ、古代種もその男と一緒だったんでしょう?」
「顔見知りって訳じゃなさそうだったけどな、と」
「…成り行きで一緒にいるだけなら、古代種を取り返すのは難しくなさそうね。主任の為にも、古代種の保護を最優先に動くからフォローお願い」
「なに、おまえ、やっぱ主任のこと好きなの?」
「またその話?そうじゃないって、何度言ったらわかるの」

レノがよく言うこの手の冗談はいい加減耳にタコだ。ツォン主任は、私をタークスに引き上げてここまで育ててくれた恩人。だからこそ主任の命令は絶対だし、主任の意図を汲んで動くのが部下の使命。そう何度言っても、一向に笑えない冗談をやめないレノに盛大な溜息が漏れた。これに付き合っていたら時間がいくらあっても足りない。

「…もう出るから。それじゃあ、後はよろしく」
「おー、得意の猫かぶりでせいぜい頑張れよ、と」

口角を上げて挑発的な表情を浮かべたレノを一瞥して、潜入任務用の鞄を掴んで立ち上がる。そのままオフィスを出ようとドアノブに手をかけた時、レノとは別の声が私を呼んだ。

「ナマエ、忘れ物だ」

どうやら別室にいたらしいルードが、私の手元目がけて何かを投げて寄越してきて。それをキャッチして開いた手のひらの中には、発信機付きの腕時計と、対になる骨伝導式のピアス型イヤフォン。潜入任務に不可欠の代物なのに、レノのせいですっかり気を取られて忘れていた。

「ありがとう、ルード」
「俺もこれから、別ルートで古代種を追う。……くれぐれも、相手に情は移すなよ、ナマエ」

いつも通り感情の起伏がない落ち着いた声で言われた言葉に小さく笑う。サングラスの奥に隠れた瞳は見えないけれど、多分ルードなりに心配してくれているんだろう。堅物だけど仲間想い。でも、余計な心配は必要ない。

「敵に情を移すような杜撰な仕事、タークスはしないもの」
「ふ……ならいい。気を付けて行け」
「ルードもね」

軽く微笑んで返して、今度こそオフィスを後にした。中央エレベーターに乗り込んで、硝子に映った自分を見つめる。
タークスは、言わば神羅の影だ。殆どの人がその存在自体を知らない。稀に認識している人間がいるけれど、その誰もが口を揃えて言う。タークスは極悪非道の犯罪者集団だと。確かに仕事内容だけで言えば、本当にその通りで弁解の余地もないけれど。でも、私はそのタークスを、上司を、同僚を、誇りに思っている。

私はタークスのナマエ。仕事の時間だ───。
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