最後のさよならをあなたに


ふたりぶんの荒い息遣いだけが狭い部屋に響いていた。力が入らない身体に鞭を打ってクラウドに向き合えば、彼は額に手を当て俯いていた。粗方、衝動的に行為に及んでしまったことを後悔しているんだろう。とても優しい人だから。

「……もう行くね」

そう声を掛ければ、クラウドはぴくりと肩を揺らして顔を上げた。てっきり憔悴しているのかと思いきや、その表情を見て私は目を丸くした。クラウドは、驚くほど真っ直ぐ、曇りひとつない顔で私を見据えた。

「ナマエ」

だめだ、これ以上話をしてはいけない。私はこのまま部屋を出て、クラウドの前から姿を消す。それですべて終わり。もう二度と会うこともない。抹殺という命令には反故する形になってしまうけれど、監視だけなら盗聴で充分だ。早く、この部屋を出なければ。そう思うのに、どうしてか足が磔になったように動かないのだ。

「あんたの本心が聞きたい」
「………」
「俺は、あんたが好きだ。例えあんたがタークスでも、それでも好きなんだ」

情事の最中は、あれほど聞きたかった言葉だったのに、冷静になった今はもう聞きたくもなかった。覚悟や決心が、ぐらぐらと揺れる。踏ん張っていなければ、今にもクラウドに縋り付きそうだ。強く握りしめた拳の中で食いこんだ爪がぷつりと肌を裂いた。その痛みだけで、私は平常を保てているようなものだった。

「───私は、」

声が震える。しっかりしろ、言うんだ、例えクラウドを深く傷付けても、言うんだ。負った傷はいつしか治る。治れば傷を負ったことすら忘れる。生きて、忘れて欲しいから、だから私は。

「私は、あなたのことなんて好きじゃない。勘違いしていたの?騙されやすくて助かったわ」

笑みを浮かべて努めて淡々と言葉を紡ぐ。クラウドの反応が怖くて、その顔が見れない。どんな顔で私の話を聞いてるんだろう。傷付いてる?それとも、怒ってる?軽蔑した?───確かめる勇気は、なかった。

「ナマエ、俺の目を見て言えるか?」
「っ、」
「俺はあんたが本心を言ってるとは思えない。口止めされてるのか。それなら俺が何とかする。タークスの奴らの居場所を───、」
「まだわからないの!?」

突然怒鳴るように叫んだ私に、クラウドは目を見開いて止まった。タークスの本拠地を知りたい?馬鹿なこと言わないで。主任やレノ、ルードに会わせられるわけがない。それじゃあ私は何のためにクラウドを見逃すの。もう私たちに近付かないで。私たちの手が遠く及ばないところで、幸せになってよ。

「私はタークスなの!最初から情報を得るためにあなたたちに近付いた!」
「ナマエ…」
「どこまでいっても私たちは敵。それ以上でもそれ以下でもない…!」
「嘘だ」
「っだから!クラウドが見ていた私が全部嘘だったの!!もう放っておいて!忘れてよ全部……!」

最後の言葉は、耐えていた涙で掠れていた。もうクラウドは何も言わなかった。乱雑に袖で涙を拭ってクラウドに背を向ける。これで、本当にさようならだ。せめて笑った顔が見たかった、なんて女々しい思考になってしまうのを無理矢理抑え込む。こんな私に、沢山の思い出をありがとう。忘れていた感情を思い出させてくれてありがとう。クラウドにもらったものを抱いて、私はまた歩いて行ける。だから───、

「さよなら、クラウド……」

振り向かずにそれだけ呟いて、私は部屋を飛び出した。あれだけ罵倒して、嫌われることを面と向かって言ったんだ。クラウドは追いかけてくることもなく、廊下には私の足音だけが響いた。泣くな、まだやることが残ってる。クラウドたちが一刻も早くこんなところから抜け出せるように、私がやらなくてはいけないこと。
待っててね、エアリス────。


***


「クラウド!どうだった?エアリス、いた?」
「………」
「クラウド…?」

ティファが俺を心配そうに覗き込み、はっと我に返って首を振った。ナマエと別れた後、どうやってティファやバレットと合流したのか、記憶が曖昧だった。勿論、エアリスへの手がかりなんてものは全く手に入れられていない。

「クラウド……。もしかして、ナマエと会った…?」
「……いや、会ってない」
「…そう……」

ティファはあれから、ナマエのことを一度も悪く言っていないが、本心ではどうなのかはわからない。バレットに限っては、ナマエと会ったと言えば一目散に飛んで行ってしまうだろう。それも、復讐のために、だ。言えるわけがなかった。
最後に見たナマエは、泣いていた。泣きながら、耳を疑うような言葉を吐いた。好きじゃないと、騙していたと言いながら、泣いたんだ。確かにその言葉に俺は少なからずショックを受けたし、絶望した。けれどその一方でひとつの可能性が頭に浮かんだ。それは、そうであって欲しいという己の願望でもあったし、確信でもあった。
ナマエは、俺たちを守ろうとしている。突き放して、これ以上神羅に関わらずに済むように、自分を犠牲にして何かをしようとしている。そう考えれば辻褄が合った。

「ティファ、バレット。行こう」
「当たり前だ!」
「……うん」

俺はエアリスを必ず救い出す。そして、ナマエ。あんたのことも、決して諦めたりしない───。
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