裏切りの代償


目が覚めたら、見覚えのある、というよりもよく見慣れた部屋に私はいた。神羅ビルの自室。ここを離れていたのは、たった1日だけ。それでも長らく帰ってきていなかったような、そんな不思議さがあった。

「帰って、きちゃった───」

こんなにも早く、しかも望まない形での帰還。起きがけ早々、私の頭の中はクラウドのことでいっぱいで、思い出すと胸がじくじくと酷く痛む。任務明けにこんな気持ちになったのは、生まれて初めてだった。
手のひらを開いて、握って。ああ、やっぱり、生きている。あの時バレットに無我夢中で撃てと叫んで、そこからの記憶が曖昧なのは、見かねたルードに麻酔薬でも打たれたんだろう。本当に、撃ってくれたら良かったのに。結果はどうであれ、神羅に対して謀反を働いた私は、長くは生きられない。どうせならクラウドの傍で最期を迎えたかった、なんて身勝手な考えが浮かんで、気分がさらに深く沈み込んでいく。
リモコンを手にして、テレビをつける。この目で確かめなければいけないと思ったからだ。流れてくるニュースは、案の定大々的にプレートの落下を声高らかに報道している。プレートが落ちればどうなるのか、そんなことは初めからわかっていたはずなのに、画面の中の目も当てられない酷い惨状に目眩がした。轟轟と燃え盛る炎、コンクリートの塊、建物は見る影すらない、この世の終わりのような光景。

「……っう、」

突如込み上げてきた吐き気。それをなんとか抑え込んで、テレビをぷつりと消した。何ひとつ守れなかった。守ると、沢山の人に約束をしたのに。そもそもタークスである私がそんな約束をすること自体、間違っていたのかもしれない。これまでも、壊すことは出来ても、守るなんてことはてんで方法すらわからなかったのだから。もうクラウドたちに合わせる顔がない。

「……私の顔なんて、もう見たくもないか」

嫌われただろう。憎まれただろう。私がクラウドだったら、殺したくなるほどの憎悪を抱くかもしれない。好きだと言ってくれたあの優しいクラウドは、きっともう二度と見れない。でもこれで良かったのかもしれない。結局、私たちは最後まで、同じ道を辿ることは許されないのだから。半端に想いを残されるよりは、顔も見たくないくらいに嫌われた方がマシだ。忘れてくれた方がマシだ。私は、忘れられる気がしないのだけれど───。


***


着慣れたスーツを身に纏って、私はオフィスの扉の前に立っていた。このスーツを着る資格が果たして私にあるのか。そんな後ろめたさを感じてはいるものの、オフィスにあのボロボロの服で入るわけにもいかなかった。大きく息を吸い込んで、扉を押す。

「…目が覚めたか」
「……うん」

デスクに向かって、組んだ手に額をつけていたルードが気配に気付いて顔を上げた。かけられた声に頷いて、その表情を窺う。いつもと変わりがないように見えて、どこか憔悴したように見えるのは気のせいだろうか。まぁ、無理はないかと独りごちる。相棒であるレノは怪我を負って、潜入していた同僚の私はあまりにも馬鹿げた、それこそルードにとっては奇行とも思えるような行動をしたのだから。ごめんね、と心の中で小さく詫びる。

「レノは…?」
「自室で寝ている。しばらくは動けないだろう」
「……そう。主任、いる?」
「奥だ」

ありがとう、と伝えて主任のオフィスへと足を進める。じんわりと手のひらに汗が浮かんで、自分が緊張していることに気付く。

「ナマエ」

覚悟を決めてドアノブに手をかけたところで、ルードが私を呼び止めた。

「忘れた方がいい」

何を、とは聞くまでもなかった。サングラスに覆われた瞳は見えない。ただその声色は、淡々としていながらも私を案じてくれているような優しいものだった。良い同僚、もとい先輩をもったものだと、小さく微笑んで、今度こそ私はドアノブに手をかけ扉を開けた。

「失礼します」
「ナマエ…、ご苦労だった」

一礼して主任に目を合わせる。デスクの上には大量の書類が山のように積まれている。相変わらず忙しそうだと、薄ら隈が浮かんだ目元に痛々しさを感じる。圧倒的に手が足りてないんだろう。でもそんなことを気にしていられるほど、胸中穏やかではなかった。何のために主任の元へ立っているのか。それは、裁いてもらうためだ。

「主任……」
「よくやった、ナマエ」
「……え?」
「お前のおかげで、古代種が我々のものとなり、プレート解放という目的も達成することができた。怪我人は出てしまったがな」
「…ま、待ってください!私は───、」
「流石だ。その潜入技術も大したものだ」

次々と、それこそ私が口を挟む暇も与えずに紡がれる労いの言葉の数々に、何かがおかしいと狼狽える。そうじゃない、だって私は、タークスを裏切ろうとした。現にクラウドを撃てとの主任の命も、遂行すら出来ていない。それは主任もよく分かっているはずなのに、どうして追及されるどころか、労いの言葉をかけられているのか全くもって訳がわからない。

「主任、」
「こうなった以上、不本意かもしれないが潜入任務は終了だ。だが、まだお前にはやってもらいたいことがある」
「っ主任、話を…!」
「エアリスを取り戻そうと、奴らは必ずビルに乗り込んでくる。監視と、それから、必要とあらば排除をお前に任せたい」
「!───、はい、じょ、ですか」
「ああ、排除だ」

それは、今度こそ、クラウドたちをこの手にかけろということですか。そう口に出したはずの言葉は、喉が張り付いていたせいか、声にならなかった。何故?何故私にそんな命令を?聡い主任のことだ。私がどうしてクラウドを撃てなかったのか、もっと言えばクラウドに対して抱いていた感情すらも勘づいていておかしくない。それを承知の上で、主任はまた私を彼らに接触させようとしている。

「問題でもあるのか」
「っ、……いえ、承知しました…」

震えそうな声を、胸元に手を当てることでなんとか抑え込んで、そう返事をするのが精一杯だった。入った時と同じように頭を下げ、足早に主任の部屋を飛び出す。ルードが心配そうに顔を上げたのも全て無視して、タークスのオフィスから逃げるように廊下へ出た。
どんな罰も甘んじて受け入れようと思っていた。タークスを追放されても、たとえ粛清されても、仕方がないと思っていた。どこかでクラウドたちが生きてさえいてくれれば、そんなのはどうってことなかった。でも、今度こそこの手で、クラウドを葬れと、主任はそう命じた。その命令は、どんな死刑宣告よりも私を暗闇のどん底に突き落としたのだった───。
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