なによりも守りたい人


「……なんの、つもりだァ?」

辺りには荒い息遣いと、システムアラートの機械音が響いている。目の前で仰向けに倒れ込むレノに向かって、私はハンドガンを突き付けていた。少し離れたところではルードも膝を着いて、痛む傷を押さえている。ティファがモニターに向かって走り出すのを横目に、レノの元にしゃがみ込んで真っ直ぐその瞳を見つめた。

「…こんなやり方、間違ってる」
「あ?」
「こんなやり方じゃ、私たちはいつか破滅する」
「……おまえ、裏切るつもりかよ、と」

そう言ったレノの表情は、見たこともないものだった。驚愕と呆れ、それから憐れみのような、複雑な顔。この会話は他の誰にも聞かれていないだろう。私はふるふると首を振って、微笑んだ。微笑んだつもりだけれど、上手く笑えていたかはわからない。レノが目を見開いて、私の顔を凝視している。

「……駄目な後輩でごめんね、"先輩"」
「ナマエ、おまえ自分が何言ってんのか…!」

ハンドガンを構える腕をレノの力強い手が掴んだ瞬間、ぽたりと零れた一雫の涙が彼の頬に落ちた。困惑したようにレノの瞳が揺れて、それから掴まれた腕は離された。最後に彼に向かって頭を下げて、ティファの元へ駆け寄る。レノは傷が痛むのか、それともその他に何か思うところがあったのか、追っては来なかった。

「ティファ、私がやる!」
「お願い!」

大丈夫、解除コードは知っている。それを入力するだけでプレート解放システムは止まる。震える指先をキーボードにかけた途端、隣にいたはずのティファが何かに吹き飛ばされるように、身体を浮かせた。咄嗟に伸ばした腕は、いつの間にか背後にいたルードによって、身体ごと羽交い締めにされていた。

「っ、ルード…!」
「ナマエ、お前が何を考えているのかはわからない。ただ、俺たちの邪魔をするなら、たとえ仲間でも容赦はしない」
「離してルード!こんなことする必要ない!本当はわかってるんでしょ!?」

強い力に阻まれて身動きが取れない中、背後のルードに半ば叫ぶように訴える。ねぇ、気付いてるよね?私たちはいつしか人間の心を失っていた。でも、怪物になったわけじゃない。心の痛みを抑え込んで、なんでもないフリして、仮面をつけていただけ。積もり積もった痛みは、古傷のように確実に私たちを蝕み続けている。だからもうやめよう、本当の怪物になる前に、やめようよ。

「ナマエ、俺たちは死ぬまでタークスだ。与えられた命令を全うし、タークスとして死んでいく」
「っそうじゃない、そうじゃなくて…!」
「よく聞け、ナマエ。エアリスはこちらで捕らえた」
「────!?」

エアリスを、捕らえた?どうして、エアリスは下で、ウェッジの手当をしていたはずでしょう?口の中がカラカラに乾いて、呼吸が浅くなるのだけがはっきりとわかる。頭の中に警鐘が鳴り響いて、ガンガンと打ち付けられるような痛みが走る。

「……エアリスをどうするつもり」
「研究部門に渡す。元からそのつもりだっただろう」
「主任は…?」
「その主任が捕らえたんだ」
「………」

ああ、宝条のところに、エアリスが連れていかれてしまうのか。本物の、底知れない神羅の闇に。もう抵抗する気も起きなかった。全身から力が抜けるのをルードも感じたのか、掴まれていた腕が解放される。

「ナマエ……エアリスを助けたいのなら、今は神羅に歯向かうべきじゃない」
「ふ…今更、どんな顔で戻れと…」
「簡単だろう。お前が今裏切るべきなのは、あの男だ」
「……っ、」

ちらりと、見えない何かを斬り付けるように大剣を振るクラウドを見る。約束したんだ、クラウドの居場所を守ると。例え自分が神羅に消されても、命に代えても守ると。もしも私が今ここでクラウドを裏切ったら、プレートは計画通りに落とされて、彼らが大切にしてきたスラムは無くなる。ここに来るまでに出会った、傷だらけのウェッジやビックス、ジェシーもきっと助けられない。

「エアリスだけじゃない。お前が一緒にいた奴らも、今まで以上に神羅は躍起になって潰しにかかるだろう。その時、お前はどうする?」
「………やけに饒舌に話すのね」
「ナマエが心配だからに決まっている!主任も、レノも、お前を大切な仲間だと思っている。だからもう背くな、本当に死ぬぞ」

今更死ぬことを恐れて何になるんだろう。とっくに覚悟はできている。でも、私がここでタークスを、神羅を裏切れば、エアリスが危険な目に合ってしまう。クラウドだって、ティファだって、どんなことをされるかわからない。彼らの居場所を守ることが私にできるただひとつのことだと思い込んでいた。でもそうじゃない。私は…。私は、クラウドを失いたくない。嫌われても、憎まれても、それでもいいから、そんなことは構わないから。クラウドに、生きていてほしい───。
もう何も言わなくなった私の肩にそっと手を置いたルードが、モニターに向かって一歩踏み出す。グローブをはめた長い指が起動ボタンに近づくのを呆然と見て、暫くして無情にもけたたましい警告音が辺りに鳴り響いた。

「ナマエ…!」

俯いている私の名前を叫んだのはクラウドだった。きっとルードに何かされたと心配してくれたんだろう。やっぱりあなたは、泣きたくなるくらい優しい人。沢山の想い出をくれた、自分の命よりも大切な人。
眉を顰めて駆け寄ってこようとするクラウドに、私は無表情を貼り付けて顔を上げた。右手に構えたハンドガンを、クラウドに突きつけて───。
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