伝えられなかった言葉


「今の話、どこまで本当なの?」
「っな、おまえ…!?どうしてここに残ってる!」

私の声にひくりと顔を引き攣らせたコルネオが、目を見開いてベッドから飛び起きた。性懲りも無く、また何かしらの仕掛けを動かそうとして左手を上げた瞬間に、すかさず引き抜いたハンドガンを脂で光る額に突き付ける。

「答えて」
「っひ、…な、なんなんだおまえ…」
「聞こえなかった?次はないわ」

目を細めて、セーフティロックを親指で下げる。コルネオは顔を真っ青にして、ひゅっと息を詰め首を振った。はくはくと口を動かして、そして表情は徐々に驚きの色に変わっていく。

「おまえ、たしか…ハイデッカーの…!」
「……私はもうあの男の部下じゃない。タークスよ」
「タークス…?タークスのおまえが、なんでアバランチ連中と…」
「ねぇ、次はないと言ったはずだけど?」
「……全部、本当だ。俺は指示があって動いただけだ。それ以上の詳細は知らされていない!」

その言葉に、思わず眉を顰める。コルネオの瞳をじっと見つめてみるけれど、嘘をついている様子もない。本当に、神羅はプレートを落とす気なんだ。七番街スラムのことは何も知らない。でも、クラウドたちが大切にしている場所だってことくらい、見ていればわかった。それを私たち神羅は、壊そうとしている───。きっとレノが言っていた大きな計画というのもこのことだ。思うより早く、私は腕時計を口元へ寄せていた。

「主任、ナマエです」
『───ナマエ、悪いが取り込み中だ。あとに…』
「待ってください。プレートを落とすって、本当ですか…?」
『ルードから聞いていないのか』
「っ、申し訳ありません…。変装のため、発信機も受信機も外していました」

嘘だと、アバランチへの警告としての虚偽の情報だと、そう言って欲しかった。けれど主任から返ってきた言葉は、無慈悲なものだった。

『治安維持部門からの命令だ。今夜中にプレート解放システムを作動させる』
「しかしプレートを落下されるのはあまりにも、」
『社長も含めこの件は了承済みだ。多少の犠牲は致し方ないとの見解だろう』
「っですが…!!」
『ナマエ、お前らしくないな。何をそこまで躍起になっている?』

いつもは冷静な主任の声が、訝しげなものに変わる。私はそれ以上、何も言えずに黙り込むしかなくなった。

『…レノとルードを支柱へ送った。ナマエ、いざとなれば潜入任務はすぐに打ち切って、ふたりのフォローに回ってくれ』
「………裏切れと、いうことですか」
『そうだ。何か問題でもあるか?』
「……いえ、了解しました…」

ぷつりと無機質な音が響き、辺りは静寂に包まれた。コルネオはいつの間にかその場からいなくなっていて、部屋には私ひとりだけ。逃げられた。ちゃんと口止めも出来なかった。でもそんなこと、もうどうでも良い。呆然とその場に立ち竦む。

「エアリス、ティファ…、……クラウド」

気が付けば涙が頬を伝っていた。主任の言うとおりだ。今の私は、ちっとも私らしくない。でもそんな自分が嫌いじゃないなんて、口が裂けても言えなかった。頭に浮かぶのは、暖かい陽だまりのようなクラウドたちのこと。きっと何かに気付いていたのに、友達だと言ったエアリス。当たり前のようにクラウドの傍にいる私を、何も聞かず受け入れてくれたティファ。それから…、こんな私を強く抱き締めて、好きだと言ってくれたクラウド。彼らの傍にいることで、汚れた自分が綺麗になったと錯覚していた。私は死ぬまで、タークスなのに───。
こんなに早く終わりが訪れるなんて思ってもいなかった。私はどうしたらいい?この手をまた汚すの?愛しい人を、この手で…。
悩む必要なんてないことくらいわかっている。やるべきことは、ただひとつだ。

「……止めないと。プレートの落下を」

乱雑に腕で涙を拭って、ぐっと拳を握り締める。床にぽっかりと空いた下が見えない黒い穴に、私は飛び込んだ───。


***


「クラウド、起きて」

飛び込んだ先は酷い悪臭が充満する下水道だった。倒れているクラウドの元へ駆け寄って、身体を少し揺らす。近くにはエアリスとティファが倒れたままだ。見たところ、誰も怪我はしていないようでほっと安堵する。

「……ナマエ、?」
「大丈夫?」
「ああ…」

ゆっくりと身体を起こしたクラウドがじっと私を見つめる。口に出さずとも、顔を見ただけで何が言いたいのかわかってしまうなんて、我ながらクラウドに執心しすぎていると苦笑が漏れた。

「ナマエ、また泣いたのか…?」
「…え?」
「涙の跡がある。それに顔色も悪い」

顔を見ただけでわかってしまうのはお互い様だったらしい。これじゃタークスの名折れだけれど、気付いてくれることが嬉しいのも事実だった。伸びてきた大きな手が頬に触れて、親指が涙の跡を辿る。大人しくされるがままになっていたら、クラウドの綺麗な顔がゆっくりと近づいて、優しく唇が重なった。触れるだけで離れていった熱が寂しくて、追いかけようとしてぐっと堪える。

「…エアリスたちを起こして、早く七番街に行かないと」
「そうだな」

本当はもっとクラウドに触れていたい。私がしようとしている行為は、タークスへの裏切りだ。きっと粛清対象となって、私はこの世から消えることになるだろう。だから最期にクラウドを焼き付けておきたい。でも事態は一刻を争う。想い出なら、もう充分過ぎるほどもらったじゃない。血で汚れたこの手を取ってくれた最愛の人。"人"として、私ができることは、彼らの居場所を守ることだけ。だからもう、立ち止まるわけにはいかないんだ。ねぇ、大好きよ、クラウド。最期の最期まで言えなかった言葉を、何度も頭の中で繰り返して、私は立ち上がった───。
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