欲望のネオン街


「すまない、あんたまで巻き込んで…」
「平気。人手は多い方がいいでしょ」

申し訳なさそうに下げられた眉に、苦笑して首を振る。クラウド曰く、ティファという子はコルネオの屋敷に向かったらしい。それでも七番街へと戻ろうとするクラウドを、エアリスと私が止めたのだった。
コルネオは面倒な男だ。このまま放っておくのは憚られるし、それにコルネオがアバランチを嗅ぎ回っているということは、裏で神羅が動いている可能性もある。レノが言っていた大きなヤマというのも、関係していそう。ただ、無線は暫く静まり返ったまま。チョコボ屋にティファの行き先を訊ねているエアリスの元へ寄ろうと足を踏み出した瞬間、クラウドの硬い声が私を呼び止めた。

「ナマエ……。あとで、少しいい、か?」
「……うん。でも、ティファを助けるのが先」
「ああ…わかってる」

自分で言っておきながら、じくじくと痛む胸。彼女を助けて、それで、私は得意のポーカーフェイスで任務を続ける。それが最善策で、私のやるべきただひとつのこと。頭では分かっていても、その時が来なければいいと片隅で願ってしまう。クラウドが聞きたがっていることも、察しがついている。きっと、つい1時間ほど前のあのことだろう。さっさと忘れてくれたらいいのに、なんて都合の良いことを考えていたら、一足先に話を終えたらしいエアリスが、私たちの元へ駆け寄ってきた。

「ナマエ、クラウド。ティファ、これからコルネオのオーディション、受けるみたい…」
「オーディション?なんだ、それ」
「それが…、コルネオの、お嫁さんを決める、オーディションらしくって…」
「なに、それ…オーディションで嫁探し?」

思わずぽかんと口を開けたまま唖然としてしまった。いくらウォールマーケットが神羅の管轄外、というより管轄する気もない無法地帯だからと言って、流石に趣味を疑う。

「それ以上は、教えてくれなかったの…。とにかく、街の中、探そ?」
「それしかなさそうね…」

お目当ての情報がすぐに手に入るかはさて置き、エアリスの言葉に頷いてウォールマーケットのネオンアーケードをくぐる。相変わらず、ありとあらゆる欲望に塗れた、煩雑な街。顔ごと視線を足元に落としたのは、故意だった。あまり目立ちたくないし、できれば長居もしたくない───、そんなことを考えた途端に、突然誰かにパシリと腕を掴まれ咄嗟に振り返る。

「ナマエ…?お前、まさかナマエか…!?」

ああ、ほら、最悪。顔も名前も覚えていない男が、血相を変えて問い詰めてくる。多分、かつてどこかでターゲットにした男だとは思うけれど。

「…人違いですよ」
「ずっと探してたんだ!見間違えるはずないだろう!」
「───おい、」

がしりと肩を掴まれ、その握力の強さに顔を顰めた瞬間、怒気を孕んだ声と共にクラウドが男の腕を掴んだ。

「っい、…!なんだ、お前…!?」
「こっちの台詞だ。その手を離せ」

クラウドの鋭い眼光と腕の強さに、男は悔しげに顔を歪めて、掴まれていた肩から離れていく手。それでも尚、クラウドは男を睨み続けている。どうして、クラウドがそんなに怖い顔するの。筋肉質な腕にそっと触れて、首を横に振る。

「クラウド、私は大丈夫だから、もう行こう?」
「…ああ」
「待ってくれ、ナマエ…!」

男の縋るような視線と声を受け流して歩き出したクラウドたちを追う。すれ違い様、男にだけ聞こえるように小さく声を出す。

「蜜蜂の館の裏」

その言葉にぱっと顔を上げた男が頷くのを横目に、そのままその場を離れた。知らないフリを貫き通すこともできた。でもそうしなかったのは、やっぱり私の中で何かが変わり始めていたからなのかもしれない。


***


「ナマエ、ひとりで、大丈夫かな…」
「……さっさと終わらせて、早く戻るぞ」

俺の言葉にエアリスは、そうだねと頷いた。闘技場の控え室、次の戦闘のために椅子からバスターソードを背負い直して立ち上がる。ここに、ナマエはいない。体調がすぐれないからと、今はひとり宿屋で俺たちを待っているはずだ。心配する俺やエアリスを余所に、大丈夫だからと半ば無理矢理追い出されて今に至る。
コルネオのオーディションに潜り込もうと言い出したのは、エアリスだった。ただそう簡単にほいほいと事が進むわけもなく、屋敷では奴の手下が推薦状なるものを用意してこいと言い放った。そこまでする必要があるのかとどうも気が乗らなかった俺も、エアリスやナマエに、ティファのためだと言われてしまえばそれ以上否定するわけにもいかず。勿論、ティファのことを心配していないわけじゃない。いくら腕っ節が立つとはいえ、敵がどんな手を使ってくるかもわからない。ただ、ナマエやエアリスを、これ以上巻き込みたくなかったというのが正直なところだった。
結局、推薦状を手に入れるために向かった手揉み屋のマダム・マムに、持ち金を支払うことで発行の許可をもらったはいいが、衣装代の200万ギルはこの闘技場で稼がなければならない。こうしている間もナマエのことが頭から離れず、焦燥感が募る。

「クラウド」
「なんだ」
「ナマエとなにか、あった?」

控え室から出ようと扉に手を掛けた時、唐突にエアリスがそんなことを尋ねてきた。何かあったかと聞かれて、正直に答えられるような内容ではない。またあの光景がフラッシュバックしかけて、ぐしゃりと髪を掻きあげた。

「……別に、なにもない」
「なにもないようには、見えないけどなぁ」
「はぁ……。何が言いたい」
「ナマエが、気になって仕方ないって顔、してる」
「───そんなことっ…!」
「ないの?本当に?」

微笑んだエアリスが首を傾げる。わかっているなら、わざわざ聞くなと悪態をつきたくなる。幼少期から知っているティファよりも、真っ先に気にかけるのは、まだ出会って間もないナマエのこと。それが何故なのかは、もう考えなくてもわかっていた。惹かれているんだ、掴み所がなく、どこか危なげなナマエに───。

「ナマエのこと、クラウドなら、助けられるかもね」
「…助ける?どういうことだ。エアリス、ナマエのこと、なにか知ってるのか?」
「ふふ、どうでしょう」

意味深なその言葉に思わず眉間に皺が寄る。

「ね、ナマエと、ちゃんと話した方が、いいんじゃないかな?」
「…ティファを助けるのが、先だ」

ナマエに言われた言葉をそっくりそのままエアリスに返す。"ティファを助けた後"、そんなものは方便だとわかっていた。ナマエはこのまま、俺と話すつもりなんてないんだろう。無意識に溜息が漏れてしまい、エアリスが何かを企むように笑った。

「ティファを助けるためにも、すっきり、しないとね?」
「…?」
「わたしにいい考え、あるんだ。だから、任せて?」

意味がわからず眉を顰めた俺の横を、エアリスが先行して控え室から出て行く。またここでは何も言わないつもりかと、再び溜息を吐き出して後を追った。
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