静かに荒む嵐
ナマエは、一体何を考えてるんだ?まさか、アレもただの気まぐれなのか?尊敬する奴がいると言っていたが、そいつにもあんなことをしてるのか?伸ばした手を払い落とされた時、あれは明らかな拒絶だった。あんたが俺に触れるのは良くて、俺があんたに触れるのは嫌なのか…?───じゃあ、誰ならいい?
そう考えて、嫌に頭の中が冷めていくのがわかる。ピタリと足を止めて、ナマエに振り返った。人ひとり分。その距離は保ったまま足を止めたナマエは、なんとも言えない表情で俺を見た。
「ナマエ……」
「…どうしたの、怖い顔して」
ふっくらとした唇が動くのに、釘付けになって慌てて視線を逸らす。ナマエが言う、怖い顔というのは自分では確認しようがないが、至極当然だろとも思う。勝手に良いようにしておきながら、理由も話さなければ、どうしてあんたの方が気まずそうにしてるんだ。もう、俺を振り回さないでくれ。あんたの目に映るのは、俺じゃないんだろ?思わず深い溜息が口から出る。
「───俺は、あんたの玩具じゃない」
***
寄せられた眉間と、暗く沈んだ声色。魔晄の瞳は切なげに視線を落としている。言葉の意味が分からなくて、たっぷりの沈黙の後になんとか吐き出した声は、震えていた。
「なに…玩具って…」
「……揶揄うなら別の奴にしてくれ」
そうじゃないと、咄嗟に否定をしようとして言葉を呑み込む。本当ならば、揶揄ったわけじゃないよ、と表情を作ってでも返すべきなのに。
"他の女の子に嫉妬したから。私がそうしたかったから。───あなたが、好きだから。"
これまでの任務で、常套句のように使って来た薄っぺらい言葉。でも、さっきの私には、それが全て本心だったんだ。ストンと胸の中に何かが落ちる感覚。苦しくて、心臓を誰かに鷲掴みにされているようで、息をするのも億劫になる程の強い衝撃。
だから、そんな簡単な言葉が、言えない。言うわけにはいかない。口に出してしまえば最後、きっと私は、どうしようもなくクラウドを求めてしまう。全て放り出して、私だけを見てと縋ってしまう。私は、……私は、タークスなんだ。奥歯をぎゅっと噛み締めて、ぐるぐると言葉を選んでいる私に、クラウドは伏せていた瞳を真っ直ぐ向けた。
「…否定しないんだな」
「……、」
「あんたが、何を考えているのかわからない…。俺だけが振り回されてる。あんたは、一体、なんなんだ?」
私はなにって、そんなの決まってる。あなたの敵、水と油のように決して交わることのない存在。振り回されてるのはこっちだ。出会ってからずっと、勝手に私の中に入り込んできて、内側から私という人間を否定して変えた癖に。責任をクラウドに押し付けるような、そんな身勝手な考えが頭を支配して、言い様のないイライラが募っていく。本当はわかってる。クラウドが悪いんじゃない。全部、中途半端な覚悟だった私が悪いんだって。でも、積もり積もった黒い靄はもう抑えられなかった。
「…私がなんだろうが、それってクラウドに関係ある?」
「は……?」
「放っておけばいいのに。ティファって子が特別なくせに、私のことなんて……っ!」
パシ、と自分の口元を手で抑える。クラウドは魔晄の瞳を大きく見開いた。どくどくと心臓の音が鳴り響いて、頭の中で警鐘が木霊する。ああ、もう、最悪だ。なんで、どうして。どうして何もかも、上手くいかないの───。
「…ナマエ、今のは……」
「はーい、そこまで!」
突然、張り詰めた空気が鈴の音のような明るい声で切り裂かれた。声がした方をクラウドも私も弾かれたように振り向くと、岩陰からひょっこりと顔を出したのはここにいるはずがないエアリスだった。
「エア、リス…?」
「ふふ、せいかーい。ふたりとも、喧嘩はダメだよ?」
「…エアリス、どういうつもりだ」
クラウドがエアリスに問い詰めるのを見ながら、私はほっと息を吐き出した。どうして何も知らないはずのエアリスがここに居るかはわからない。けれど、あの耐え難い空気を一新してくれたエアリスには救われた。さっきの会話をどこまで聞かれていたのかはわからないけれど、そんなことはどうでも良かった。とにかく今は一刻も早く頭を冷やさなければいけない。もうこれ以上の失敗は、赦されない。
「ふたりが、心配だったから」
「……道案内を頼む」
「もちろん。…ほら、ナマエ、行こう?」
にっこりと微笑んだエアリスが、暗闇の中で一筋の光のように見えて、私は静かに頷いた。心の中で荒む嵐を、必死に抑えて────。