避けられない運命
重苦しい空気は、エアリスがいることで何とか調和されている。鋭いエアリスが不穏さに気付いていないわけは無いけれど、彼女は何もなかったかのようにいつも通り接してくれる。その優しさが、今は唯一の救いだった。
「なんでも屋の依頼も終わったし、そろそろ家、戻ろっか。ナマエの手当ても、したいから」
「…ああ」
「エアリス、本当にいいの?私もお邪魔して…」
「もちろん。だってわたしたち、もう友達、でしょ?」
「……とも、だち…」
にっこりと笑ったエアリスの言葉に、ぴたりと足が止まる。友達、って、何だったっけ。久しく聞いていないその単語に、心の中がどうしてか温かくなった。本来の私なら、馬鹿馬鹿しいと吐き捨てるような、そんな形のないモノ。ふたりと過ごすうちに、思考まで毒されたのか、嬉しいと感じてしまった自分が信じられない。勝手に緩んだ頬を無理やり引き締めた瞬間、よく知る声が耳に届いた。
「ごきげんよう」
びくりと身体が強張る。そこに立っていたのは、間違いなくルードだった。まさか、今の、見られた…?ルードのことだ。もし見られていたなら、クラウドやエアリスに気を許し始めていることなんて、すぐに見抜かれてしまうだろう。でも、ルードは、何も言わなかった。この場では言えなかった、というのが正しいかもしれない。
「待ち伏せ?」
「エアリス。これが新しい友達か?」
ルードの視線の先はクラウド。すぐ傍に立つ私のことは、あえてなのか一切見ようともしない。私は私で、タークスへのやましさがあるからか、真っ直ぐにルードを見ることが出来ずにいる。…違う、そうじゃない。タークスにやましさを感じるより先に、もっと大きなものに気付いてしまった。クラウドやエアリスに、本性を知られるのが怖いんだ。この居心地の良い場所を、失うのが、怖いんだ───。
「新しいって、人聞きが悪い」
「なるほど、魔晄の目だ。レノをやったのはこいつか?」
「……俺だったらどうする」
「…事実確認、上長に報告」
「───っ!」
そんな言葉と同時に、ルードはここに来て初めて私をちらりと一瞥した。サングラスの奥の瞳は見えない。それが余計に焦燥感を煽る。クラウドに向けられたはずの言葉なのに、まるで私に向けられているように聞こえて、背中を冷や汗が伝った。すぐに逸らされた視線に、吐き出した息は震えていた。ルードはクラウドに視線を戻し、来いとばかりに鉄格子を開けてすぐ近くの空き地へと入っていく。それを追うクラウドをエアリスが咄嗟に腕を掴んで制止した。
「クラウド!いこ…?ルード、悪い人じゃないから」
「そのとおり。だがエアリス、俺たちはなめられたら終わりだ」
悪く思うなよ、と呟いたルードが繰り出した重い蹴りが、大剣で受け止めたクラウドの身体を押し出す。ここで戦う必要はないと止めるために一歩足を踏み出した瞬間に、クラウドと目が合って踏みとどまる。
「ナマエ。離れてろ」
「…でも、」
「言うとおりにしてくれ」
「……わかった」
そんな心配そうな目で見つめられたら、それ以上何も言えない。ぐっと拳を握り締めて、大人しくふたりの元から離れる。ロッドを構えたエアリスには口を出さない様子からして、クラウドは怪我のことを考えてくれたんだろう。
「なるほど…。その女が、お前の大事なもの、か」
「あんたには関係ない」
「ふ……、否定しないのか?」
「っ…無駄口を叩いていると、死ぬぞ」
クラウドの表情は、私が立つ位置からは見えなかった。分かりやすい、ルードの挑発。それを受けたクラウドが大剣を構えてルードへ踏み込んだ。激しい戦闘の応酬に、握り締めた拳の中で爪が食い込む。
必ず、私とクラウドはいつかこうして対峙しなければならない。それはこの任務を言い渡された時からわかっていたことだ。目を逸らしてはいけない。これがクラウドと、タークスである私たちがあるべき本来の関係。それでも、そんな運命から、私は目を逸らさずには居られなかった────。
***
「どうぞ」
扉を開いたエアリスが微笑む。二度目のエアリスの家。違うのは、ナマエがいることくらいか。
ルードと呼ばれたあのタークスは、ケリが着く前に鳴り出した着信音に、足早にその場を去っていった。微かに漏れ聞こえた声は、教会で会った赤毛のタークスのものだった。それから、ナマエとは未だに妙な距離があるように思うのは気のせいじゃないだろう。こんな時に気の利いた言葉のひとつも掛けられない自分に、歯がゆさを感じる。
「遅かったじゃないか。一体何してたんだい!……エアリス、そちらは?」
「ナマエ。私の友達。怪我、しているの」
「お邪魔しています、ナマエです」
「そうかい…。夕食の準備はできてるよ。エアリス、客間の準備とその子の手当てをしておいで」
「うん、そうだね。行こう、ナマエ」
エアリスがナマエを連れ立って階段を登っていくのを横目で見送る。どこか折を見て、ナマエと話さなければとは思っても、なかなかタイミングがなさそうだ。そんなことを考えていると、いつの間にか夕食の配膳を終えたエルミナが、俺に向かい合った。
「あんた、その目、ソルジャーなんだろ?」
「元ソルジャーだ」
「悪いけど、何も聞かずに今夜のうちに出ていってくれないかい?」
エアリスの身を案じての言葉だと、すぐに理解はした。理解はしたが、普通の暮らしと引き換えに力を手に入れた、そんな言葉には同意出来ず口を開きかけた時に、エアリスとナマエが丁度降りてきて、口を噤む他無かった。ナマエの左足には、綺麗に巻かれた白い包帯。────出て行くのは、俺だけでいい。エアリスも、それにナマエも、これ以上巻き込むべきじゃないと、無理やり自分に言い聞かせるように目を伏せた。