小さな綻びは


結局、空き地に戻るまで胸にかかったモヤモヤとした霧が晴れることは無かった。エアリスが子供たちと会話をしているのを横目に見ながら、明確な答えが出ない難問をぐるぐると考える。ただ、そんな時間は長くは続かなかった。突然子供たちが悲鳴を上げて、弾かれるように顔を上げる。どこから現れたのか、黒いローブを身に纏った男がフラフラと彷徨った挙句地面にどさりと倒れ込んだ。

「大変…!」
「エアリス、待て!」

慌てて駆け寄るエアリスを追ってクラウドもその男の元に膝を付く。私は、少し離れた位置からその男の様子をじっと眺めるだけ。フードの隙間から覗く、病的な青白い顔。どうやら当たってほしくない勘が、当たっていたみたいだ。木の柵を壁にするようにそっとクラウドたちから身を隠し、腕時計を口元に寄せる。

「…主任、聞こえますか」
『───ナマエか。どうした』
「宝条は、やっぱり何かを企んでいるようです」
『…何か掴んだのか』
「はい。腕に識別番号が刻まれた、黒いローブの男を見ました」
『黒ローブ…、そうか。秘密裏に探っておこう』
「こちらも何か情報があれば追って報告します。……っ!」

ちらりと男の方へ視線を流した時に、男が突如クラウドの腕を掴み、クラウドが頭を抑えて苦しみ出した。普通ではないその様子に息を呑んで、身体が勝手にそこへ向かおうとした瞬間、聞こえた主任の声でハッと我に返る。

『ナマエ?何かあったのか?』
「…っあ、いえ…。何でもありません、また、連絡します」
『そうか、わかった』

無線が切れる機械音と同時に、クラウドの元へ駆け寄って顔を覗き込む。何かに怯えるように揺れる魔晄の瞳。確かに視線の先に私は居るのに。もしかして、見えていない?きつく握り締められた拳にそっと手を触れた瞬間、パシッと乾いた音が辺りに響き渡って、ジンジンと痛む手の甲。伸ばした手がクラウドに払い落とされたんだと、すぐには気付けなかった。

「クラウド、しっかり!ナマエ、だいじょうぶ?」
「え、…あ、うん…私は、平気」
「…ナマエ…?───っ悪い!大丈夫か!?」

エアリスの声で虚ろだった瞳にしっかりと光が戻ったのが見えて、次の瞬間には血相を変えたクラウドに払い落とされた手首を掴まれた。ほんの少し赤くなっている手の甲を、申し訳なさそうに見つめるクラウドに笑って首を振る。

「大丈夫、びっくりさせちゃった私も悪いから」
「いや……」
「そんな顔しなくていいよ。クラウド」

あからさまに眉を下げたクラウドがいつもより幼く見えて、手の甲の痛みなんてどこかへ消え去った。手を払い除けられた時は確かに驚いたし、明らかな拒絶の色が見えて、僅かに胸が痛んだけれど。…ああ、まただ。今日の私はやっぱりおかしい。自分の意思とは無関係に、勝手に痛み出す心。この私が、ターゲットに手を払われたくらいで何を動揺することがあった?まさか、ショックでも受けたと言うの?───わからない、自分が。

「…ナマエ、」

静かに呼ばれた名前と、私を貫く不思議な輝きの魔晄の瞳。ドクリと心臓が大きく音を立てた。やめて、そんな目で見ないで。自分が自分じゃなくなるような恐怖を感じる。交わった視線を逸らしたいのに、あまりにも真っ直ぐに見つめられるから、逸らすことなんて出来なかった。


***


掴んだ白く細い手の甲が赤みを帯びている。俺は、今、何を…?

倒れた男が俺の手を掴んだ瞬間、確かにそこにセフィロスを見た。

"クラウド…。その女に、気を付けろ"

まるで機械のように心無い口調で、セフィロスはそう言った。その女、それはどういう意味だ?エアリスのことか、…まさかナマエのことを言っているのだろうか。真意を問い詰めようと口を開きかけた途端、セフィロスのグローブを嵌めた手が俺へと伸びて。───気付けば、俺はその手を力任せに払い除けていた。それがナマエの手だと、気付かずに。

「…ナマエ、」

搾り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。その瞬間に、ナマエの顔からは笑みが消えた。見開かれた大きな瞳が不安げに揺れている。怖がらせた、のか…。ズキリと胸に痛みが走る。やっと、笑った顔が見れたばかりなのに。
そう考えてハッとする。そうか、俺は…嬉しかったのか。何かを抱えているナマエが、俺に笑いかけてくれたのが。

「悪かった…」

怖がらせて、とは言えなかった。それをどう受け取ったのか、ナマエは静かに首を横に振る。なんとなく気まずさを感じながら、掴んだままだった手をそっと離した。

「エアリス、ナマエ…。セフィロスを、知ってるか?」
「英雄セフィロス…。5年前、不慮の事故で死亡。ニュースで、やってた」
「…実は、生きているのかもしれない」
「───そう……なんだ」

小さく呟かれたエアリスの返答に違和感を覚える。ちらりとナマエを窺うと、ナマエは何も言わずに視線を地面に落とした。ふたりは何か知っているのか、と声に出そうとしたが、エアリスに先を促され、その言葉は呑み込んだ。顔を上げたナマエと目が合って、微かに心臓が跳ねる。また目を逸らされたら、と一瞬らしくない考えが浮かんだが、それは考えすぎだったのかもしれない。こくりと小さく頷きが返ってきて、そんな些細なことに、俺はどこかほっと安堵していた。
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