叶わない約束
「ふふ。クラウド、相当懐かれちゃってるね」
「…そうだね。本人は困ってるみたいだけど」
「うん、でも満更でもなさそう」
エアリスの言葉に、たしかにと笑って返す。尊敬の念だったり、憧れの眼差しだったり、そういったものを受けて嫌悪感を覚える人間はいないだろう。私にはそんなものを受け取った記憶も経験もないから、ただの推測に過ぎないけれど。
「エアリス。クラウドって、いつもあんな感じなの?」
「あんな感じ、って?」
「お節介っていうか、無遠慮っていうか…」
「ナマエには、そう見えてるの?」
優しく微笑んだエアリスが私を真っ直ぐに見て、そんな問いを投げかけてきた。その意味がわからず、微かに首を傾げる。そう見えているも何も、些細な怪我を大袈裟に気にかけたり、有無を言わさずに腕を取られたり、ついさっきだって怪我がないとわかったらわかりやすく安堵の表情を浮かべたり。そんなところしか見ていないのだから、何を当たり前のことを聞くんだろうとすら思ってしまう。
「違うの?」
「ふふ。それは、ナマエが特別だから、かもね」
「───え?」
「だってね、わたしのときは、強引にボディガードの依頼、したから。少なくとも、クラウドからアクションは、なかったもん」
その言葉に、私は思わず目を丸くした。教会で起きた一件の詳細は、レノから軽く聞いたに過ぎなかったから、てっきりクラウドからボディガードを申し出たものだと思い込んでいた。出会ってからこの短時間で、所謂"あんな感じ"のクラウドしか見ていなかったのだから。でも、特別って、そんな扱いをされる理由が全くわからない。けれど、もしも事実なら嬉しいかもしれない、と考えてしまった自分に驚愕する。
「そう、なんだ」
「うん、そうなの。でも、わたしね、わかるんだ」
「わかる?何を…?」
「ナマエのこと、放っておけないクラウドの気持ち」
どういう意味か、と聞くことは叶わなかった。子供の溜まり場に続くバリケードが先に見えてきた途端、少し先を歩くクラウドの元から子供たちが駆け出したかと思えば、クラウドが頭を抑えて立ち止まったから。それから、ぼそりと呟かれた知らない、名前。
「───ティファ……」
「ティファ?」
どこかおかしいクラウドの様子を気にかけて、エアリスがクラウドの元に駆け寄る。ティファ、そんな人物の情報は上がってきていないけれど、どこか憂いを帯びたようなクラウドの声色に何故だか胸がざわついた。
「どうしたの?」
「いや……」
「ティファって、クラウドの恋人?」
「っちがう、」
ふたりのやり取りを、私はその場から動けずに立ち止まったまま窺う。エアリスの揶揄ったような問いに、クラウドが一瞬動揺したように見えたのはきっと気のせいじゃないだろう。
「ムキになってる」
「そういうんじゃない。…でも、説明できそうにない」
「そっか」
この話は終わりだと言わんばかりに前を向き直ったクラウドに、それ以上エアリスが追求することはなかった。その代わりに、何故かぱっと私に振り返ったエアリス。目が合って、首を傾げる。
「ナマエは、恋人、いるの?」
「…どうして?」
「気になるから。歳が近い女の子と、こういう話するの、憧れだったんだ」
無邪気に笑うエアリスに、そう言われてしまうと答えないわけにはいかない気がしてくる。恋人、か。そう純粋に呼べる間柄の人間はいない。任務で偽りの恋人関係を演じることは何度もあったけれど、とは流石に言えないし。それから、と脳裏に浮かんだ赤毛。恋人なんて綺麗なものじゃない、ただの人間の本能が体現したような関係。これも言えるはずがなくて、私は首を横に振った。
「いないよ」
「…なーんか、間があったね」
いない、と答えた瞬間に、前を向いていたクラウドがふと振り返って一瞬目が合った。それはすぐに逸らされてしまったから、勘違いだったのかもしれない。
「じゃあ、好きな人とか、憧れてる人は?」
「あんたら、いつまでくだらない話をしてるつもりなんだ…」
「くだらないって、ひどい!クラウドは、気にならないの?ナマエの好きな人」
「っなんで、俺が…!」
ふたりが何やら言い合っている会話は、頭の中で思考を巡らせていた私の耳にはほとんど入ってこなかった。好きな人なんてものはいるわけがないけれど、憧れている人は勿論いる。浮かんだ、いつもタークスを一番に考えている、冷静沈着な主任の顔。
「憧れてる人はいるよ」
そう発した瞬間に、エアリスは何が嬉しいのかパッと顔を輝かせて、その一方でクラウドは何故か眉間に微かに皺を寄せた。
「そうなんだ!へぇ〜、どんな人なの?ナマエが憧れる人、気になるなぁ」
「…秘密」
「え〜、…いつか、聞かせてくれる?」
「いつか…、うん、いつかね」
あなたもよく知っている人だよ、とは言えるわけがなくて苦笑する。そんな話ができる日が来ることなんて有りもしないけれど、あまりにもエアリスが嬉しそうに笑うから、少しだけ胸が痛んだ。
「…もういいだろ、戻るぞ」
「うん、行こう」
「あれ。クラウド、機嫌、悪い?」
「…普通だ」
「ふーん、そっか」
どこか愉しそうな口調のエアリスに、呆れたような溜息を零したクラウドが歩き出す。大剣を背負ったその後姿をゆっくりと追いながら、私はどこかモヤモヤと胸にわだかまりが出来るのを感じていた。私が特別だなんて、エアリスの勘違いだ。クラウドには、他に大切で特別な人間がいる。いや、それが何だと言うんだろう。この先でもしもその人物と接することが出来るのなら、それは任務遂行においてまたとないチャンスでしかない。外堀から固めていくことも、潜入任務の常套手段なのだから。なのに、どうして。
どうして私は、自分がクラウドにとって特別なんかじゃなかったことに、落胆しているの───?