漸く終わった依頼の帰り。今回の依頼は3日掛かりの配達依頼だった。流石に疲れを感じながらも帰路を急ぐ。早く、会いたい。
セブンスヘブンに寄ることもせず、フェンリルだけを店の前に置いて足早に向かう場所。もう夜もかなり更けているから、もしかすると寝ているかもしれない。あまり足音を立てないように気を付けながら鉄階段を登って、アパートの扉を合鍵で開いた。中に入った途端、良い香りが鼻に入り込んできた。
「あっ、クラウド。おかえりなさい!」
「…名前」
「もうすぐご飯できるよ」
キッチンから顔を覗かせて、花が咲いたように微笑んだ名前に、込み上げてくる愛しさ。たかが3日。それでも虚無感を覚えるには十分な長さだった。キッチンでボウルの中に入った冷製スープを掻き混ぜる名前の背後に立って、後ろから抱き締める。
「クラウド?…ふふ、どうしたの?」
「…別に」
寂しいだとか、こうして腕の中に閉じ込めてしまいたいだとか、そういう感情が自分に芽生えるなんて、名前と出会うまで想像すらしていなかった。可笑しそうに笑う名前に、それを正直に打ち明けてやるつもりはないが。吸い寄せられるように白いうなじに唇を寄せて口付けを落とすと、名前は小さく身じろいだ。
「っん、…もう、クラウド!ね、ご飯できたから食べよう?」
「…ああ」
顔を赤くして怒る名前に、少しだけ口元が緩む。手際よくテーブルに並べられていく料理は、俺の好きなものばかりだ。向かい合って椅子に座って手を合わせる。
「いただきます」
「…待っててくれたのか?」
「うん?だってクラウドのことだから、ご飯も食べずに帰ってくるんだろうなって」
当たり前のようにそう答えた名前の目元には、薄らとクマが出来ていて。こんな時間まで、俺のために手の込んだ料理まで用意して待っててくれたのかと胸が締め付けられる。ああ、どうしようもなく、俺は名前が愛しくて堪らない。
他愛も無い会話をしながら手料理を平らげて、眠そうな名前を風呂に行かせてその間に皿を洗う。
まだ時間がかかるだろうからとベッドに寝転んでいたら、いつの間にか俺は浅い眠りに落ちてしまっていたようだ。ベッドが沈む気配で眠りから覚めたら、名前が俺の横に腰掛けていた。
「ごめんね、起こしちゃった?」
「…いや」
覗き込むように近付いてきた名前の後頭部を手で引き寄せて唇を重ねる。驚いたように見開かれる瞳に、征服欲が微かに満たされた。
「ん、…っふ」
浅く舌を差し入れて絡めて、はっとしてすぐに差し込んだ舌を引き抜く。危なくその気になるところだった。どこか物足りなそうに俺を見る名前に苦笑して、身を起こしてベッドの縁に座る。足の間に名前の身体が来るように床に座らせて、ドライヤーを手に取った。
「じっとしてろ」
「え?クラウド、してくれるの?」
「…今日だけだ」
「ふふ、やった」
くすくすと笑う名前の濡れた髪にドライヤーの風を当てる。人の髪を乾かすなんて経験はそもそもないが、こいつには何でもしてやりたくなるなんて、相当毒されているのかもしれない。俺が髪に触れる度気持ちよさそうにする名前は、どこか猫のようだとも思う。暫く風を当てていたら湿り気もなくなって、ドライヤーを切る。ただ、名前の反応がない。
「名前?」
「…ん、?…あ、ごめん、クラウドの手が気持ちよくてウトウトしてた…」
そう言って目を擦る名前の身体を引き上げて、ベッドへ横たわらせる。ずっと眠かったんだよな、多分。俺も一緒に横になって頭の下に腕を差し込んだ。
「…クラウド、あのね」
「ん?」
「寂しかった…」
「…名前、」
「んっ…」
俺の胸に顔を埋めてぼそりと呟いた名前が可愛くて、顔を上げさせて唇に吸い付く。俺も、名前に会いたくて仕方なかった。口付けの合間にそう言ったら、名前は照れたようにはにかんだ。
「可愛い、名前」
「ん、…は、クラウド…っ」
歯列を割って舌を差し入れたら、ぎこちなくそれに応じる名前に熱が上がる。可愛くて愛しくて、本当にもう手放してやれる気がしない。潤んだ瞳がどこかとろんとして、もう睡魔が限界なんだろうと唇を離す。
「クラウド…」
「もう寝よう」
「うん…明日も仕事、だもんね」
そう言った名前が寂しそうに見えて。差し込んだ腕で頭を引き寄せて、髪を撫でる。
「…休みになった」
「え?」
「たった今、休みにした」
「…ええ?」
我ながら無理矢理な言い分だと思わずにはいられない。ただ、あんただけじゃないんだ。俺だって名前といたい。たまにはいいだろ、それくらい。
「明日は、ゆっくりしよう」
「…ふふ、うん、そうだね」
「煽った分、覚えておけよ」
「……おやすみ」
「ふ、…おやすみ、名前」
態とらしくはぐらかした名前に笑って、ふたり揃って目を閉じる。すぐに寝息が聞こえてきて、まだ面と向かって言えない言葉を、俺は名前に囁いた。
「愛してる、名前」
(→あとがき)