空色プレリュード 
ミッドガルが崩落してエッジに移り住んでから、何日かに一度花を持って元の孤児院があった場所へと足を運んでいる。幸いなことに院長先生も子供たちも全員無事に逃げることが出来たけれど、思い出はまだ此処に残っているから。瓦礫の上に花を置いて、手を組んで目を閉じる。
その時、近くから瓦礫を踏む音が聞こえてきて、目を開けたと同時にかけられた声。

「こんなとこでお祈りか?瓦礫だらけで危ねーぞ、と」

聞こえてきた声に振り向いたら、燃えるように赤い髪とエメラルドの瞳の、スーツを気崩した男の人が立っていた。膝をついてしゃがみ込んだままの私を見下ろしたその瞳は、少し冷たい声とは相反してどこか憂いを帯びているように見えて。

「すみません、日課のようなものだったので」
「ここ、孤児院だったとこだろ?」
「ご存知なんですか?」
「仕事柄、な」
「…私もここが職場だったんです。あ、でも皆無事なので、何も悲しむことなんてないんですけどね」

空気を重くしてしまうような話し方をしてしまったことに気が付いて、慌ててそう付け加えて苦笑いする。でも、なんだかこの人は──。

「哀しそう、ですね」

思わずそう口をついて出た言葉に、見開かれる瞳。それから、エメラルドが細められてじっと見つめられる。

「なんでそう思う?」
「なんとなくですけど…、目が哀しそうに見えます。泣いてないのに、泣いてるみたい…」
「…っふは、泣いてねーよ。でも…まあ、間違ってもねーか」
「悲しいときは思いっきり泣くんです。もう涙も出ないってくらい泣いたら、明日には笑えますから」

そう言って微笑んだら、その人は眉尻を下げて、そうかもな、と言いながら笑った。子供は、痛い、辛い、悲しいって声を上げて泣くことが出来るのに、私たちはいつからそれが上手く出来なくなったんだろう。大人だって悲しいときは悲しいし、辛いときは辛い。この人にも弱音を吐き出せる居場所があるといいな、と心の中で願う。

「なぁ、名前は?」
「名前です」
「レノだ。名前ちゃん、とりあえずそこ危ねーからこっちに…っ!」
「っえ…?」

レノさんが手招きしたと同時に、パラパラと小さな瓦礫が足元に落ちてきたと思ったら、次の瞬間に大きな音を立てて瓦礫の山が崩れ始め、大きなコンクリートの塊が頭の上に落ちてくるのがスローモーションで見えた。

「名前!」
「っきゃ!?」

脚がすくんでその場から動けなくなっていたら、ぐいっと力強く腕を引かれて庇うように抱き締められる身体。コンクリートが砕ける轟音が響いて、崩壊は止まった。レノさんが助けてくれなかったら、あの下敷きになっていたと思うとぞっとする。

「っぶねー…大丈夫か?」
「あ、はい…レノさんは、怪我してないですか?」
「鍛えてっからな、名前ちゃんと違って」

そう言いながらも、何故かまだ抱き締められたままの体勢。鍛えてるっていうのは本当らしくて、厚い胸板が頬に当たっていて、それを意識した途端に心臓が煩くなるのがわかる。え、どうして離してくれないんだろう。

「あのっ、レノさん…?」
「んー?」
「もう大丈夫なんですけど…」
「もうちょっと、このまま」
「えっ?」

小さく呟かれた言葉に目を丸くする。顔が赤くなってるのが自分でもわかる。だってレノさん、囁くように言うんだもん。それにすごくいい匂いがする。そんな邪なことを考えたら、突然身体を離されて。

「なーんてな、冗談だぞ、と。……っふは!」

エメラルドの瞳が私の顔を覗いて、レノさんは吹き出した。

「顔真っ赤。可愛いな、名前ちゃん」
「ひ、ひどいですレノさん…!揶揄ったんですね?」
「はは、なかなか良い抱き心地だったぞ、と」
「もう…!」

ニヤニヤと口角を上げて意地悪く笑うレノさんに悔しさが募る。でも、ついさっき初めて会ったばかりとは思えないくらい、いつの間にかレノさんと打ち解けていることに気付いて驚く。レノさんって、不思議な人。

「さてと、俺はそろそろ仕事に戻るわ」
「はい。レノさん、助けてくれてありがとうございました」
「貸しにしとくぞ、と」

それに笑って頷いた私に、背を向けて歩き出したレノさんに口を開く。

「レノさん!」

立ち止まって振り向いたレノさんは、晴れ渡った青空に溶け込んで、驚く程格好良くて。

「また、会えますか?」
「…それ、口説いてんのか?」
「くど…!?」
「はは、…会いに行くから、いい子で待ってろよ」

そう言って、レノさんは目を細めて笑った。それからまたすぐに振り向いて、手をヒラヒラと振って歩き出す。胸が締め付けられるような嬉しさを抱えて、その背中を私はいつまでも見つめていた。

to be continued in 灰色ラプソディ

(→あとがき)
    
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