灰色ソナタ
「大丈夫、ひとりで行けるよ。ううん、ひとりで行かないと」
「…そうか」

クラウドと最後にそう言葉を交わして、ヒーリンに向かう道中。ひとりで行くと決めたのは、この感情にケリを着けるためだった。本当はわかってた、きっと最初から。レノさんを好きだって気持ちは嘘なんかじゃないけれど、いつしかそれは親愛のようなものに変わっていた。不器用な優しさをくれる彼が、気付かせてくれたんだ。
辛いとき誰が傍にいてくれたんだっけ。誰に抱き締めて欲しかった?誰の笑顔が見たかった…?いつの間にか私の中で大きくなっていた気持ちに気付かないフリをして、傷付けて、ごめんね。だからこそ私は、レノさんに会って話さないといけない。そうじゃないとあなたに向き合う資格がないから。

「レノさん───」
「…ナマエ、そろそろ来るんじゃねーかと思ってたぞ、と」

ヒーリンの壁を背に凭れ掛かかったレノさんは、いつかと同じように優しく笑った。沢山助けられて、優しさを貰って、笑顔をくれた人。全部わかってるって顔でそこに立っていて、私はこの人を好きになってよかったと強く思う。でも今、想うほど胸が締め付けられるのは、隣に並んで歩きたいのは、あのお日様のような人。

「レノさん。私、レノさんに出会えて良かったです」
「っはは、これで最後みてーなこと言うなよ、と」
「最後にするつもり、ありませんよ。でも、私はクラウドの傍にいたいんだって、気付けました」
「ん。…来てくれてありがとな、ナマエ」

口角を上げて笑ったレノさんに、もう大丈夫なんだと安心する。きっとレノさんは、自分の力で高い壁を乗り越えたんだ。やっぱり、すごい人。

「これからもしまたレノさんが迷った時は、今度は私が助けますね」
「おー、期待してるぞ、と。ほら、行ってやれよ、おまえのことずっと待ってるあいつのとこに」
「…はい、行ってきます、レノさん」

深く頭を下げて、笑い合って。またな、ってレノさんは言って。私は心の中でありがとうと呟いて、レノさんに背を向けた。
───クラウド、今度は私からあなたに伝えるね。

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ベッドに身を沈めて、白い天井を見上げて溜息をつく。これで良かったんだ。ナマエが幸せなら、それで。例え隣にいるのが俺じゃなかったとしても。傍にいて笑って欲しいと未だに思ってしまうのは、ただの俺のエゴだ。

「クラウド、いる…?」

瞼を降ろした瞬間に聞こえてきた小さな声に、とうとう幻聴まで聞こえるようになったのかと自嘲する。ここにナマエが居るはずがないだろ。ナマエはあいつの傍を選んだんだ。そんなはずがないのに、ガチャリと扉が開く音が聞こえて飛び起きる。

「……っナマエ…?あんた、なんでここに…」
「ちゃんとレノさんと話してきたよ」
「…上手く、いったのか」

そんな報告をわざわざしに来たのか、と苛立ちを覚えてしまった自分に嫌気がさす。そうじゃないだろ、良かったなって、幸せになれよって、そう言ってやらないと。

「クラウドの傍にいたいって、ちゃんと言ってきたよ」
「……は?」

こいつは今、何て言った?俺の傍にいたい?あんたはレノが好きだっただろ。何の冗談だと目を見開く。

「遠回りしちゃった。ずっと、多分最初から誰が大切なのかわかってたのに…」
「それはあいつのこと、だろ…」
「ううん。レノさんも大切。でもね…並んで歩きたいのは、クラウドだよ」

俺を真っ直ぐ見つめて微笑んだナマエ。その顔があまりにも綺麗で、嘘一つないことがわかって、胸が痛いほど締め付けられた。傍にいてもいいのか、俺が、あんたの傍に。

「クラウド、大好き」
「っ…ナマエ、」

腕を伸ばして、ナマエの身体を引き寄せて強く抱き締める。思わず緩んでしまった涙腺に気付かれたくなくて、肩口に顔を埋めた。ナマエが俺の腕の中にいる。その事実がどうしようもなく嬉しくて堪らない。こんなにも恋焦がれるのは、他の誰でもなくあんただけなんだ。

「ふふ、クラウド、泣いてる?」
「…俺が泣くわけない」

なんでバレてるんだ。そう言うあんただって、鼻声だろ。幸せすぎると涙が出るなんて、ナマエと出会って初めて知った。バレてしまったならもういいかと開き直って、ナマエの顔に手を添えて目を合わせる。

「やっぱり、泣いてる」
「あんたもな」

笑い合って、唇を重ねた。それは涙の味だったが、ぼろぼろ泣いてるナマエの涙だと思うことにした。

「ナマエ、好きだ。ずっと俺の傍にいてくれ」
「うん、一緒に歩いていこうね」
「ああ」

本当にお互い、随分遠回りをしてきた。それでも、今ここにナマエがいる。指を絡めて、左手の薬指の付け根に口付けを落とす。もうこの手を、二度と離さないと誓って──。
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