Disillusioned

ナマエが別の男の彼女になった。

そう気付いたのは彼女が出ていってから数日後だった。


何をするでもなく、街をひとりで歩いていたその日。
偶然見かけたナマエの隣には、俺より背の高い、スーツを着た男。
優しげな風貌だったが、なんとなくナマエには似合わない男だと思ったのを覚えている。


「クラウド、なんか顔が怖いよ。」

帰ったセブンスヘブンでそうティファから言われて、思わず苦笑いがこぼれる。


「俺も、早く忘れないとな。」

忘れられるはずもないのに零れた独り言に、ため息をついた。


きっかけは、しょうもない口喧嘩だった。
もう何が発端だったのかも覚えていないくらいだ。
ただ何となく俺が彼女を怒らせたことは覚えていて、それなのに俺は意地を張って謝らなかった。

ただ、それだけだ。


それから、苛立ちを安いアルコールで流し込んで、帰ったその家に、もう既に彼女の荷物は無かった。

残ったのは、ガンッ、と壁を殴った手のじんじんした痛みと、それでも収まりきらない後悔。


「……っクソ、」

そのまましゃがみこんで、髪を掻く。
そのままぐっと握ったその手に、いつかナマエがこの髪を好きだと言ってくれた事を思い出した。


思い出でぎゅうぎゅうになった部屋。
それが、彼女が居なくなっただけでこんなに寒くて広く感じるのか。


ナマエ。
もし、あの日に戻れるなら、俺は素直に謝れるんだ。

だから……


「……帰ってきてくれ、ナマエ……」


そう呟いた俺の声は冷たい空気に滲んで溶けた。


"買い出しを手伝って欲しい"
そう言ってティファはある日、俺を街に連れ出した。
きっと、俺はよっぽど切羽詰まった顔をしていたんだろう。
気を遣った彼女が、手馴れたはずの買い出しにわざわざ連れて行こうとするくらいだ。
気乗りは全くしなかったが幼馴染の気遣いを無下にも出来ず、俺は重い腰を上げた。


それから数十分。
ある程度買い物も済んで、帰路に着く。
それでも街で探してしまうのは、ナマエの姿だった。
わざわざ探さなくても、すれ違えば気付かないはずなんて無いんだが。


それでも見つからず、もう諦めるか。
そう思った時だった。


「……ナマエ……?」


そこには、ひとり、道端で呆然とケータイを眺めるナマエがいた。


「なんであんたは……こんな所に1人でいるんだ、」


聞こえるはずもない言葉が、思わず口から漏れ出す。
不自然に立ち止まった俺を、ティファが振り返った。


「クラウド……?」

丁度、ぽつりと雨が頬に落ちる。


とっさに、振り返ったティファの腕を掴んで、刺した傘に彼女を押し込んだ。


「ちょっと、どうしたのいきなり、」

証明したかったんだと思う。
ナマエはきっと俺を求めていると。
あんな男よりも、俺を選ぶと。
小さな俺のしょうもないプライドが、こんな時も邪魔をした。

2人をひとつの傘に無理やりおさめて、俺はまた歩みを進める。


「いや……その、昔を思い出すだろ。」

無理やり絞り出した言い訳に、首を傾げるティファ。


「もう、何それ。」

「濡れてないか」

「濡れてる。ねえ、もう一本傘あるでしょ?」


呆れたように笑うティファに、俺も自分が嫌になって仕方ないように笑った。

そして俺は、彼女の隣を通り過ぎる。


そのまま歩みを止めず、彼女を通り過ぎたところで、俺は振り返った。


ただ、彼女の反応は、俺の思っているようなものじゃなかった。

そのままじっとケータイの画面を見つめて、その時、がくっと落ちるようにしゃがみこむ。


「っナマエ、」

思わず駆け出しそうになって、ティファがいることを思い出した。


「すまないティファ、先に帰ってくれ。
やらなきゃいけない事ができた。」

ティファの手元から、もうひとつの傘を抜く。
ティファの表情を見ると、全てを分かっているかのように、穏やかに微笑んで頷いた。


「結果報告、待ってますよー。」


踵を返すティファにもう一度小さく謝って、駆け出す。

一心不乱だった。
通行人が振り返るのも、周りに人目があるのも、俺にとってはどうでも良かった。
格好悪く見られるだとか、恥ずかしい思いをしたくないだとか、そんな小さなプライド、今更構ってられるか。


「ナマエ!!」

街に響く俺の声。
雨にかき消される前にそれは彼女に届いて、ゆっくりと、ナマエが振り返る。

その濡れた身体を、俺は強く抱き締めた。
もう二度と離さないと、心に誓って。
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