Disillusion
別の人の彼女になったよ。
なんて貴方に言ったら、どんな顔するかな。
きっと一度驚いた顔をして、でも、「そうか。」とだけ言うんだろう。
ずっと、私は貴方と一緒にいた気がする。
悲しい時も楽しい時も、朝も夜も、夏も冬も。
でも、しょうもない事で言い合って喧嘩して、私たちの関係はその日にぱったりと終わってしまった。
まるで今までの日々が嘘みたいに。
あの日は一体どのくらい泣いたっけ。
バーに転がり込んで、強い酒を一気に煽ったのは覚えている。
でも今思えば、そのバーも、そのお酒も、貴方に教えてもらったものだった。
今の彼氏に出会ったのは、ちょうどその日。
酔い潰れて店の前で泣いてた私に傘を差し出してくれて、「大丈夫ですか?」ってにっこり私に笑いかけてくれたの。
貴方だったらきっと彼みたいに、愛想笑いだって、家までのあいだの世間話だって、きっと上手くできないね。
なにより彼は、とっても気が利く。
洗った食器はいつのまに拭いていてくれるし、畳んだ洗濯物はいつの間にかクローゼットに仕舞ってくれるの。
本音は、洗うところから、取り込むところからやってくれればもっと助かるけど、彼は仕事でいつも忙しいんだ。
貴方みたいに、家でしっかり家事なんてしてる暇無いのよ。
そして毎晩ベッドに入れば「愛してる」なんて甘い言葉をくれるし、朝起きたら「おはよう」の置き手紙を置いててくれる。
貴方みたいにキスで終わらせたりしないし、私より早く起きてるのに寝顔をじっと見つめたりしない。
……そんな仕方の無い事を考えて、馬鹿みたいだとため息をつく。
貴方とはもう終わったし、今の彼との日々が私にとってはなにより大切なんだ。
だから、間違ってもこんなこと思わない。
「貴方が恋しい」
なんて、絶対に。
ぽつん、と肩に雫が落ちてきた。
「……雨だ、」
それは途端に強くなって、私の身体をあっという間に冷やしていった。
灰色で塗りつぶしたみたいに、エッジは雨で薄暗くよどんでいく。
……貴方なら、こう言うかな。
"だったら、なんであんたはこんな所に1人でいるんだ"
だって、飛び出してきちゃったんだもの。
やりたい事や夢とか、あと、少しの愚痴を零したら、理詰めで説教されたの。
だから俺にもっと働けって言うのか。
普通に考えて無理だろ。
社会に出ないからそう思うんだ。
だって。
そんな言葉が聞きたくて話したんじゃないのに。
だから私は彼の手元にあった空き缶の山をテーブルごと蹴って、財布も持たずに出てきちゃった。
貴方だったらきっと笑って聞いてくれるんだろうなって思った。
でも、それは言わなかったの。偉いでしょ?
……会いたいよ。
会いたいの、クラウド。
震える手で、引っ掴んでとりあえずポケットに突っ込んだケータイを取り出す。
貴方の連絡先を見つけたその時。
ずっと聞きたかった声……貴方の声が、目の前で聞こえた。
「濡れてないか」
はっと顔を上げる。
灰色の中に浮かぶ金髪と、マテリアみたいな瞳が、私の右側を通り過ぎて行った。
咄嗟に振り返る、不格好な私。
その目線がとらえたのは、貴方と、黒髪が綺麗な女の人が、ひとつの傘のもとで肩を寄せあって笑いあう姿。
……そっか、そうだよね。
優しくて素敵な貴方だもの。
そっと、その連絡先をタップした。
"このアドレスを削除しますか?"
"削除されました"
雨はいっそう酷くなる。
私の頬は、もうとっくに冷えきっていた。
冷やしたのは雨か、それとも何かか。
でも、暖めてくれる貴方は、もう居ない。
2020.10.01 LST-3HZ様