鈍色に染まる

パン、と響き渡った銃声。名前が構えた銃口から放たれた弾丸は、目の前の魔物に掠ることもなく地面に当たり、割れた弾丸から漏れ出した毒が焦げるような音を立て土に浸透した。背中から引き抜いたバスターソードを魔物にめがけて一閃。断末魔のような叫びと共に魔物は霧となって消えた。

「珍しいな。あんたが的を外すなんて」
「…ごめん、手元が狂ったみたい」

名前は流石タークスということもあって、銃の扱いに長けている。事実俺はこれまで名前が的を外した姿を見たことが無かった。ガンホルスターにハンドガンを収めながら苦笑する彼女に、どことなく違和感を覚える。

「顔、赤くないか?」
「あぁ…そういえば、少し熱っぽいかも…。でも平気、まだ一掃できてないでしょ?早く片付けないと」

そう言うや否や背を向けて歩き出してしまう名前の腕を咄嗟に掴む。怪訝な表情で振り返った彼女の額に、一瞬迷いながら自分の額をくっつけた。グローブを外す手間を惜しんだためだったが、突然距離を詰めた俺に名前は酷く驚愕した様子で目を見開く。そして額から伝わってきたのは、おかしなほどの熱さ。くっつけていた額を離し、何も言わずに名前の腕を引いて踵を返した。

「えっ?ちょっと、クラウド?」
「依頼は後回しだ。帰る」
「待って、私は平気だって」
「ダメだ」

それでも抵抗しああだこうだ言う名前に構うことなく、宿まで半ば引き摺るように連れ帰り、俺のベッドへと彼女を寝かせた。どうやら帰りの道すがらで体調が悪化したらしく、ベッドに入った名前はぐったりと目を閉じている。

「名前、平気か?」
「……ごめんね、迷惑、かけて…」
「はぁ……。迷惑なわけないだろ」

タークスでありながらもエアリスの護衛を命じられた名前が俺たちに同行するようになって暫く経つ。けれど以前のことが尾を引いているのか、彼女は俺にすら気を使い続けているように思えてならない。あれはもう過去のことだ。それに名前が自身の危険を顧みずに神羅に歯向かったことも知っている。そんな彼女を俺は心の底から信用しているし、もっと言えば想いを伝え合って恋人になったのだから、俺にくらいは甘えて欲しい。そう口で言ったところで、名前が素直に頷くとは思えないが。
熱が上がってしまったのだろう。額に浮かぶ玉のような汗を手の甲で拭ってやって、タオルを冷水で濡らしてこようかと立ち上がった瞬間、くんと上着の裾が引かれた。ちらりとそこに視線を落として、思わず目をまるくしてしまった。裾を力なく引いていたのは他でもない名前だったのだから。

「…名前?」
「っあ…、ごめ、なんでもないの…」

気まずそうに視線を泳がせる名前に、ふっと笑みが零れた。身体が辛い時は心細くなるものだと、昔俺がまだ小さかった頃に母に言われたことを思い出す。

「タオルを濡らしてくる。すぐ戻るから、少し待っていられるか?」
「……子供扱い、してるでしょ…」
「ふ、弱っているあんたは珍しいからな」

むっと口を尖らせる名前はいつもより幼く、可愛いとさえ思ってしまう。俺だけしか知らないあんたの色んな顔が見れて嬉しいんだ。もしそんなことを言えば、彼女はどんな反応をするのだろうか。
今度こそ立ち上がって乾いたタオルを手にバスルームへ向かう。冷水でタオルを濡らし、固く絞って再び名前の元へと戻ると、彼女はどこかほっとしたように眉を下げた。

「冷たいからな」
「ん、ありがと…」
「寝られそうか?少しでも寝たほうがいい。その間にここの主人に栄養のあるものを作ってもらえないか頼んでくる」
「……笑わないで、聞いてくれる?」
「ん?」

唐突に布団を鼻が隠れるまで被って、言いよどむ名前に首を傾げる。そんな仕草さえ、やっぱり普段の名前らしくない。相当弱っているのかと思っていれば。

「…寝るまで、手、握ってて欲しい…」
「………あぁ、わかった」
「なに、その間…」
「いや、気にするな」

腑に落ちない表情で未だに布団に埋もれている名前の髪をふわりと撫でる。熱で潤んだ瞳や上気した顔で言われた台詞は、正常な思考を停止させるには十分すぎる破壊力で。苦しんでいる時に不謹慎だと思いつつ、危うく欲情するところだった。
手繰り寄せた理性でなんとか堪え、布団の隙間から差し出された細い手を握る。手すら酷く熱を持っていて、いかに辛い状況なのかが窺い知れる。

「寝るまでここにいる。だからゆっくり休んでくれ」
「…うん、ありがとう」

安心したように少しだけ微笑んで目を閉じた名前に、握っている手とは反対の手で髪を梳く。本当に、まるで別人のようだと頭の中で考える。けれどそれが甘えられているようで、俺に気を許してくれているようで、どうしようもなく嬉しい。
暫くすると静かな寝息が聞こえてきたので、そっと手を外して部屋を後にする。苦しむ名前を見ているのは俺としても辛いので早く良くなってくれと願う一方で、彼女の珍しい表情や態度を拝むことができて嬉しいと感じてしまう俺は薄情なのだろうか。そんなことを片隅で考えながら、宿屋の階段を下りた。


***


微睡みの中から目が覚めると、クラウドが心配そうに私を見つめていた。右手に伝わる温もりから、また手を握っていてくれたんだと気付いて、それがなんだか擽ったくて嬉しい。まだ熱が下がっていないのか身体の怠さはあるけれど、寝る前よりはかなりマシになっている。
眠りにつく前の私は、自分らしくない台詞をいくつも吐いてしまった気がする。熱のせいか、無性に心細くて寂しかったのだ。私はクラウドよりも歳上だし、甘えていられないといつも思い続けてきたけれど、そんなことに構う余裕すらないほどに弱っていたらしい。呆れられたかな、なんて気落ちしていれば、突然目の前に影が差して次の瞬間には額に柔らかな感触。それがクラウドの唇だと気付くのに時間がかかってしまった。

「っ、え、なに…?」
「余計なことを考えている顔だった」
「…そんなこと、」
「あるだろ?」

ぐうの音も出せずに押し黙る。どうしてわかってしまうんだろう。クラウドと出会ってから、生業にしていたはずの嘘や隠し事が下手になった気がする。これから先クラウドたちに嘘をつくつもりはないから、それは別にいいのだけれど。

「……今日は、甘えてもいい?」
「ふ、俺は今日と言わずいつも甘えて欲しいけどな」
「…善処、します」
「あぁ、そうしてくれ」

口角を上げて嬉しそうに笑うクラウドに、胸がきゅうっと締め付けられる。それからは宿のご主人に頼んで用意してもらったというポトフをスプーンでわざわざ口に運ばれたり、温めたタオルで身体を拭かれたり、寒がる私をぎゅうっと抱き締めたり。クラウドはそうして甲斐甲斐しく看病してくれたのだった。
甘え下手な私が甘えると、クラウドは驚くほど嬉しそうにするから。たまには素直になってもいいのかな、なんてそんなことを思いながら、暖かく逞しいクラウドの胸の中で、穏やかに眠りについた。

2020.10.21
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