01


名前の風病が完治して数日。名前はここしばらくの間そわそわと落ち着かずにいた。理由は明確だった。高熱で朦朧とする意識の中、不死川を困らせるようなことばかり言ってしまったのを、名前は忘れることなくしっかりと覚えていたのだ。その罪悪感や羞恥心から、穴を地中深くまで掘って埋まってしまいたいとすら考えていた。不死川はあの時確かに困惑はしていたのだが、それは名前が考えるような迷惑だとか面倒だとか、決してそういった類ではなかったのだが、本人はそれを知る由もない。

「はぁ……」
「名前」
「はっ、はい!?」

取り込んだ洗濯物を畳みながら本日何度目かの溜め息を吐き出した刹那、背後からかけられた声に名前はびくりと身体を跳ねさせた。不死川はその様子に微かに眉を寄せたが、特段気に留めることもなく名前を股座の間に収めるよう抱き締める。不死川はもはや言うまでもなく、この体勢が好きなのだ。名前の華奢で小さな身体を余すことなくすっぽり包み込めるし、いつになっても照れて茹で蛸のように真っ赤になる名前が可愛くて可愛くて仕方ないからだ。

「さ、実弥さん…?」
「なァ、まだ本調子じゃねぇのかァ?」
「え?もうすっかり元気ですが…」
「へェ……」

意味深で曖昧な返事を最後に、不死川は何も言わず積み重なった洗濯物に視線を落とす。名前はそれ以降続く言葉がないことに疑問を覚え、首を傾げて振り返ろうとするが、次に降ってきた言葉に目玉がこぼれ落ちそうになった。

「おまえ、寝込んでる間のこと覚えてんのか?」
「っえ!な、なんのことですか…?」
「治ったら、ってやつ」

件の治ったらというのは、名前が熱に浮かされ発した言葉にある。口の中をぺろっとしてほしいと言ったあれのことだ。その瞬間、ぼんと音が出るほど顔を真っ赤にした名前は、はくはくと口を動かした後に必死に弁論を試みた。

「え、えっと、……ああっ!そういえば八つ時のためにおはぎを用意してたんでした!私お茶を淹れてきますね!」
「あァ?んなもん後でいいだろォ」

じたばたと身動ぎして腕の中から抜け出そうと藻掻くも、不死川がそれを許すわけもなく更に力を込めて抱き込まれるので、名前は半分泣きそうになりながら俯いてしまった。あわよくば不死川が忘れてくれていたらいいのに、と考えていたのだがそんな都合の良いことは到底起こりえないものである。きっと幻滅されているんだわ、などとまた悪い癖でひとり悲観し始める名前の耳元で、不死川はやさしく、それでいてあまったるく囁く。

「名前、やっぱり覚えてねェ?」
「っ、う、う〜、許してくださいぃ…」
「うん?」
「だ、だって…あんな、はしたないこと言うなんて…っ、実弥さんに嫌われたくないのに…」
「ふは。ばーか、嫌わねェよ」
「…ほ、ほんとですか…?」
「おー。ほんとおまえ、一丁前に煽りやがって…。なァ、名前。そろそろ手ェ出してぇんだけど、ダメかァ?」

吹き込まれた砂糖菓子のようにあまい声が耳を擽って、名前はぴたりと固まった。何度もそれを反芻して言葉の意味を理解しようと頭を働かせる中で、不死川は更に直接的で甘美な言葉を連ねる。もはや体裁を気にする余裕など持ち合わせていなかった。
早く、このクソ可愛い名前をまるごと自分のものにしたい。どろどろに甘やかして、気持ちいいことだけ覚え込ませて、ぐずぐずに乱れる名前が見たい。そんな欲に塗れた思いでいっぱいだった。

「…名前に触りてェし、抱きてェ」
「っえ、…あ、あの…っ」
「嫌か?」

可哀想なまでに真っ赤になって震える名前に、不死川はまだ早かったかと己の堪え性の無さを悔いた。不死川とて散々無意識のうちに煽られ、やきもきしていたとは言え、名前の合意が得られなければ事に及ぶつもりもない。無理矢理組み敷いたところでそれではなんの意味もないのだ。あくまでも両方の合意の上で、あわよくば名前から強請られるようになるまで辛抱強く、それはもう類を見ないほどに甘やかしまくるのが不死川の最大の目的なのである。今回に関しては些か性急すぎたかと身を引こうとした不死川の耳に、名前の消え入りそうなほど小さな声が届いた。

「…っ、…………い、です…」
「ん?」
「……嫌なわけ、ないです…。わ、私も…実弥さんに、もっと、触りたい…」
「ッ、あー……クッソかわいい」

"触られたい"ではなく"触りたい"と返すあたり、どこまでも無自覚にツボを突いてくる名前がいっそ恐ろしくなった不死川は、堪らなくなってぎゅうぎゅうに華奢な身体を抱き締めた。廓で逢瀬をしていた頃からの長すぎる辛抱の果てに漸くもらえた許しなので、不死川はこの機会に気持ちいいことをすべて教え込んでやろうと心に決めた。

「なら五日後の非番の夜だなァ。…それまでに準備しとかねぇとな」
「えっと、準備ですか…?」
「なるべく痛くしたくねーから、これから毎日、ゆっくり慣らそうなァ?」

目を細めて微笑む不死川に、名前はひゅっと息を呑んだ。なんせ目が獰猛な獣のようにぎらりと欲を孕んで光っていたのだから。
こうして不死川による準備とは名ばかりの、名前をぐずぐずに甘やかしたいだけの砂糖を極限まで煮詰めたような特訓の日々が幕を開けたのだった。


***


「んっ、んん、…っぷは、」
「鼻で息しろって言っただろ」

口吸いの合間に一度唇を離した実弥さんに、窘めるように下唇を甘噛みされる。それだけでなんだかぞわぞわして小さく声を漏らしてしまえば、実弥さんはにやりと口角を上げて笑うので、もう格好良くて色っぽくてきゅんきゅんと胸が切なくなる。
約束してたからなと言って、まずは口吸いを沢山してくれることになったのだけれど、いざ始まれば話が違いますと泣きたくなった。だって、この間のぺろってするだけの口吸いとはまるで違いすぎるのだ。まず実弥さんは後ろから抱き締めていた私をくるりと反転させて膝の上に乗せた後、触れるだけの口付けを沢山落としてくれて。ぽわぽわとしあわせな気持ちになっていたら、唇の間を縫って舌が差し込まれて、ゆるゆると咥内を動き回った。この時点で私は息が上がって、なんだかよくわからない感覚に陥って実弥さんの隊服にしがみついたのだけれど、そのうち舌の動きがおおきく激しくなって、上顎を舌先で擦られたり歯列をなぞったり舌をぢゅうっと吸われたりしてとうとう身体に力が入らなくなった。でも実弥さんは止まってくれなくて、それからずうっと口吸いばかりしている。頭はぼーっとするし、身体がどうしてか熱くてまた風病がぶり返してしまったのかと錯覚すらする。

「っふ、ぅ…さ、ねみさ…」
「は、溶けたツラしてんなァ」
「んぅ…?」
「かわい…」
「実弥さん…もっと…」
「あ゛ー、連れて帰ってきて良かったわ…。名前、もっとしてやるから、その顔絶対俺以外に見せんじゃねェぞ」
「うん…?実弥さん、だけ……っんん!」

がぶりと噛み付くように口を覆われて、入ってきた舌に思考がどろどろに溶けていく。舌の裏を擽られるのがちょっと気持ちよくて、薄ら目を開ければ実弥さんと目が合って胸がぎゅうっとした。実弥さんは伏し目がちに笑って、舌を引っぱり出されてそこに軽く歯を立てられたら、背中を駆け抜けるぞわぞわがおおきくなった。なんだかお腹の奥がきゅうきゅうして切ない。身に覚えのない感覚が怖くて足をもぞもぞとさせたら、にゅるりと舌が抜けていった。

「っは、腰動いてんぞ」
「わ、私の身体、変ですぅ…お腹の奥、ぞわぞわする…」
「ここらへんかァ?」
「ひぁっ!」

にやりと笑った実弥さんにお臍の下を指先で押し込まれて、きゅうっとお腹の中が収縮した。そこからじわじわ広がっていく熱が怖くて実弥さんの胸元に縋り付けば、宥めるようにおおきな手が頭を撫でる。

「口吸い、そんなに気持ちよかったのか」
「きもちよかった、です……きもちいいから、お腹のここ、きゅうきゅうするんですか…?」
「ッ、ハァ〜〜〜、……阿呆みてぇにクソ可愛いなオイ…」
「…実弥さん?」

突然目元を手で覆ったまま天井を見上げて何やら低く呟く実弥さんに首を傾げる。それから、こっち見んな、と辛辣な苦情付きで。なにか粗相をしたかしらと呆けた頭で考えながら、見えた耳が真っ赤だったので怒っているわけではなく照れているのだと理解した。何に照れているのかは、わからなかったけれど。

「今日はこれで終わりだなァ」
「は、はい…っ!」
「明日も続けんぞォ。けど嫌なことがあったらすぐ言え。いいなァ?」
「でも実弥さんにされて嫌なこと、ないですよ…?」
「ッン゛……ばーか、される前からんなこと言ってんじゃねェ。つかおまえ、ほんと煽んのやめろ加減してやれなくなるだろうがァ…」

痛いくらいぎゅうぎゅうに抱き締められて、実弥さんが耐えるような声色でそう言うので、やっぱり訳がわからない私はきょとんと固まる他なかった。

明日も、また実弥さんに触れてもらえる。嬉しいな、などと呑気に頬を緩める名前が、この準備期間でひんひん泣く羽目になるのはまた後日の話。

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