簪と共に。

「名前、寒くねえかァ?」


私よりよっぽど寒々しい格好の彼が、私に尋ねる。
冬の訪れを知らせるように首元を撫ぜた風に、私は首を竦めた。


「寒いけど、平気です。
不死川様のほうが余程寒そうに見えますよ。」


私の言葉に小さく笑った彼の左手が、私の肩を抱き寄せて腕を摩る。
絆す様に溶けた熱が心地好い。




事の始まりは数時間前。
出掛けないかと珍しく彼から誘われて繰り出したのは、この辺りでも殊更賑わう繁華街。
こんな所に彼が来たがるなんて珍しいと尋ねれば、

「今日はただの日じゃ無えからなァ。」

と、私の手をとった。


今日は私の誕生日。
昔に一度教えただけのそれを、彼は覚えていてくれた様で。



「でも、一体何を買いに?」

「来りゃあ分かる。」



からころと下駄を鳴らしながらやってきたのは、少し古く見える小間物の店。
慣れた手つきで、彼はガラガラとその戸を開いた。


「いらっしゃい。」

奥から出てきた番頭と思わしき男性が、彼の顔を見るなり「ああ。」と何かを心得たように頷く。
それに答えるように、「頼んだ物を。」と、彼が頷いた。


「お待ちどう。」

「あァ。」


前から支払いは済ませていたのか、彼はその品だけを受け取って店を後にした。




「あの、不死川様?」

「前から思ってたんだけどよォ。
それ、いい加減やめにしねぇかァ?」


茶屋の床机に腰掛けておはぎを二つ頼んだ彼がそう言った。


「でも、不死川様は不死川様でしょう?」

「それだと、これから不便になる。」


彼の指が私の頬に伸びて、横髪を耳にかける。
思わず目を閉じた私の耳元に、ふと、何かが掛けられた。


「……?」


そっと目を開けると、目の前には優しい顔をした彼。


そこに触れると、ころんと手の上に落ちてきたのは……赤い天竺葵の飾りのついた簪だった。



「お前も、簪を贈る意味くらい知ってるよなァ?」


喜びに思わず言葉を失った私の髪をひと房、彼の指先が掬う。



ぐっと気持ちが溢れて、人目もはばからずに思わず彼に抱きついた。



「あ……ありがとうございます……!
こんな素敵な簪……一生大切にいたします!」


こくりと、首元で彼が頷いたのがわかる。


彼の薫りを吸い込んでからゆっくりと離れて、それから私は首を傾げた。







「ところで、簪を贈る意味とは何ですか?」

「……はァ?」


呆けた私を、彼が呆けた顔で見つめる。



「お前……それも分からずにそんなに喜んでたのかァ?」


「だって、不死川様からの贈り物で、しかもこんなに素敵なものなんて嬉しくて、」



はあ、と大きくため息をついた彼が、私の手を握った。



「いいか、名前。簪を贈る意味ってのはァ……」



『きみをずっと愛する誓いを、簪と共に。』


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