伽羅色

寝屋の一室に不死川様をお連れすると、一組の布団を伽羅色の有明行灯だけが仄かに照らしていた。名代で主様と同衾するのはこれが初めてではないけれど、お相手が不死川様だというだけで心臓が口から飛び出してしまいそうなほど、私は今とても緊張している。けれどもそれ以上に、朝までは不死川様と一緒に居られるのだと思うと嬉しさのほうが勝ってしまう。
不死川様は敷かれた布団の上に胡座をかくと、にやりと口角を上げた。私がもの凄くドギマギしているのも、全部お見通しだと言わんばかりに。

「名前」
「は、はい…」

ここだ、とだけ仰って、不死川様は股座の間をぽんぽんと叩く。一方私はそれにぎょっとして、きょろきょろと視線を彷徨わせた。だって、まさか、そこに座れと、不死川様はそう仰っているの?恥ずかしい、恥ずかしすぎてちょっと無理かもしれない!

「一緒に寝るんじゃなかったのかァ?」
「ね、寝ますけど…!でもそんな体勢では寝られませんよ!?」
「寒ィんだよ、いいから来い」

そんな着物を肌蹴させているご自分が悪いんじゃないですか、なんて言ったらなにをされるか分かったものではないので、おずおずと振袖を脱いで長襦袢姿になる。五歩ほどの距離をそれはそれは長い時間をかけて歩いて、どの向きでそこに座ればいいのか思案した挙句、至近距離でお顔を見るのは流石に羞恥で死にそうだったため、不死川様に背中を向ける形で股座の間に収まる。ふっと息を漏らして笑った不死川様がなんだか嬉しそうなので、それに私も恥ずかしいだけで決して嫌ではないし、むしろちょっぴり嬉しいので、顔を真っ赤に染めながらも後ろから伸びてきた腕に大人しく包まれた。

「おまえ体温高ェなァ」
「そう、でしょうか…」
「子供みてェ」
「む、子供じゃありません!もうあと半年で十八ですからね!」
「ふはっ、そういうとこが子供だっつってんだよ」

小馬鹿にされているんだとわかっていても、そうやって笑うのだからやっぱり不死川様を憎めなくて、そんな顔を見られるのが私だけならいいのにと思ってしまうのだ。なんとなくお腹に回された逞しい腕にそっと手を触れて撫ぜる。何度か繰り返せば、不死川様は空いた手で私の手を捕まえた。やめろ、と言われた気がした。

「傷だらけで触って気持ちいいもんでもねぇだろォ」

その物言いは不死川様がご自身を卑下しているようにも聞こえて、私はただ首を傾げた。本当に意味がわからなかったのだ。不死川様がそう言う理由がわからない。

「どうしてですか?この腕の傷も、お身体やお顔の傷も、気持ち悪いわけがないじゃないですか」
「あ…?」
「だってこの傷は、不死川様が必死に鬼と闘ってきた証のようなものです。その分だけ、たくさんの人々を救ってきた証拠です。尊いと思いはすれど、どうして気持ち悪いだなんて思えるんでしょうか」

思ったことを一息に言い切れば、不死川様はなにも仰らず黙り込んだ。例えご本人であっても、不死川様のことを悪く言うのは許せなかった。鬼を倒すというのは誰にでも出来ることではないし、きっと私たち世間の人間が知らない気苦労もたくさんあるはずで。そんな中で命をかけて闘ってくれている不死川様を、どうして知らない内に守られて生きている人間が悪く言うことが出来るのだろうか。

「…俺はなァ、人間を救うだとか、そんな大義名分のために鬼を斬ってるわけじゃねェ」
「不死川様がどうお思いであろうと関係ありません」
「自分のためでもかァ?」
「はい、ご自分のためでもです。事実それで救われた人間は山ほどいるでしょうから。私はこの傷も全部ひっくるめて、不死川様だと思っています。ですから、次にそんなことを仰ったら、もうおはぎはあげません!」

重ねられた大きな手をぎゅうと握ってそう言えば、不死川様は少しの間を空けて、強く私を抱き締めた。肩口に乗せられているのはきっと額だ。存外ふわふわの髪の毛が首元に当たって、少しだけ擽ったい。

「不死川様…?」
「あー、クソ……やっぱ泊まるなんて言うんじゃなかったわ…」
「え…」

途端に胸にずきりと鋭い痛みが走った。私と同衾するなんて、朝まで過ごすなんて、不死川様はやっぱり嫌だったんだろうか。私が寂しい顔をしてしまったから、優しい不死川様のことだからお気を遣って下さったのだろうか。嬉しくて浮かれている私の横で、本当は帰ればよかったと後悔させてしまっていたとしたら。そう考えて冷えていく胸の内に気付いたのか、不死川様は小さく笑って私の頭に手を乗せた。

「大体なに考えてやがんのかわかるけどなァ、そうじゃねぇよ」
「え、でも…」
「名前がクソ可愛くて、手ェ出さねぇように耐えんのがキツい。………っつったら、まァそういう反応するわなァ」

不死川様が仰る"そういう反応"とは、薄暗い中でもはっきりとわかるであろうこの茹で蛸状態のことだ。だって、だって仕方ないじゃないですか。それってつまり、私に、その、触れたいとか、そういうことでしょう?そういう目では見られていないと思っていたから、あまりにも予想外でこれはもう仕方ないのだ。

「し、不死川様のせいですよ…っ」
「勝手に色々想像して赤くなってんのはおまえだろうがァ」
「なっ、想像なんてしてません!」
「ハン、どうだかな」

鼻で笑われてむぅ、と口を尖らせる。今日の不死川様は一段といじわるな気がする。そして、とても愉しそうなのである。なんだか急に不死川様と触れている箇所がじんわり熱く感じて、どきどきと鳴る鼓動すら不死川様に聞こえてしまっている気がして落ち着かない。ただこれだけは言わせて欲しい。私は決して、不埒な想像なんてしていない。けれど結局その言葉が私の口から出ることはなかった。不死川様が突然お腹に回していた腕を解いたからだ。

「身体冷えてきたな。そろそろ寝るかァ」
「…そう、ですね」

解かれた腕にほんの少し寂しさを感じたけれど、開いた窓障子から吹き込む夜風は確かに肌寒いので、不死川様が仰るとおり掛け布団を捲ってふたりで中にもぐり込む。自然に頭の下に差し込まれた腕に、そのまま体重をかけていいものか躊躇っていれば、不死川様がもう片方の手で私の頭をゆっくりそこへ押さえつけた。その仕草さえ愛おしくて、嬉しくて堪らない。
ああ、本当に、不死川様が傍にいるのだ。

「不死川様」
「うん?」
「私、とっても嬉しいです」
「……そうかい」
「でも明朝、離れ難くなりそうで困りますねぇ…」
「…っ、ハァァ……。おい、名前てめぇ、俺を試してんのかァ…?」

高い位置から聞こえてきたおおきな溜め息と唸るような声色に、首を動かして不死川様を見上げれば、見んじゃねェ、なんて言葉と同時に大きな手が私の視界を塞いだ。

「えっ、あの、不死川様?」
「どんな拷問だ?こりゃァ…」
「拷問だなんて物騒ですね…」
「なァ、手出しが御法度って、どっからどこまでだろうなァ?」

ふいに手が外され顕になった視界に、不死川様の真剣な表情が映る。その瞳はどこか熱っぽくて、思わずそれに釘付けになっていれば、不死川様のお顔がどんどん近付いてきた。

「し、不死川様!?」

細められた瞳を縁取る睫毛の長さまではっきりとわかるほどの距離感に、慌てて名前を呼ぶけれど、不死川様の綺麗なお顔はゆっくりと、でも徐々に眼前まで迫ってきていて。咄嗟にぎゅうと目をきつく瞑れば、額に柔らかくて温かい熱が触れた。

「……っ?」
「っはは、随分な間抜けヅラだなァ、名前」
「っな、な…!か、揶揄ったんですか…!?」

額に一瞬だけ触れたのは確かに不死川様の唇だった。こっちは、まさか、く、口吸いをされるのかと、それはもうドギマギしていたのに!ちがう、これじゃあしてくれなくてガッカリしているみたいだけれど違うのだ。いや、本当はなにも違いはしないかもしれないけれど、なんだか不死川様に振り回されっぱなしで心臓が壊れそうだ。そういう決まりだから、不死川様だってなにも本当に口吸いをするわけがないのに、それを私ったらなんて破廉恥なの!
とまぁ見事なまでに私の頭の中はお祭り騒ぎで、不死川様はそれを見てくつくつと笑うのだから人が悪い。そして幼さが増すその笑顔を見せられれば、やっぱり私はすべて許してしまうのだ。

「不死川様といると、心臓がいくつあっても足りません…」
「あァ?そりゃこっちの台詞だ阿呆がァ」
「あぅっ、いたっ!」

軽く弾かれた指が額に当たって、ぱちんと小気味いい音を立てた。地味に痛むそこを手で押さえれば、不死川様は、我慢するこっちの身にもなれ、なんて呆れ顔で言うものだから、私はまた真っ赤になって口を噤むほかなかった。そんな顔を見られたくなくて不死川様の胸元に顔を埋めると、背中に腕が回されぐっと抱き締められる。

「名前」
「はい」
「昼間、外出てこれんなら出てこい」
「え?昼間、ですか?」
「夜に来れりゃ一番なんだろうが、非番の日は限られてるからなァ。昼間ならそれなりに時間も取れる」
「私は構いませんが、それでは不死川様がお休みになられる時間が…」
「問題ねェよ。迷惑か?」
「ま、まさか!不死川様にお会いできる機会が増えるなら、嬉しくないわけがありません!」

埋めていた顔を上げてそう言えば、不死川様は優しく笑って私の頬をすりすりと親指で撫ぜた。少し擽ったいけれど、拒む気は微塵も起きない。

「来れる日には鴉に文を持ってこさせる」
「鴉さん…。わかりました、お待ちしてますね」

文を運んでくれる鴉というものがいるのか。それはとても有難い。なぜなら事前に不死川様がいらっしゃる日がわかれば、前もっておはぎもご用意できるのだから。
なんだか安心して、さらには未だに頬を撫でられているものだから、急激な睡魔に襲われうとうとと夢の世界に片足を突っ込みかける。もう寝ろ、と優しい声が降ってきたけれど、私はそれにちゃんとお答えできたかどうかもわからなかった。
眠りに落ちる寸前、額に再び柔らかな熱が触れたような気がした。

─伽羅色─

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