淹れたての珈琲のけむが立ち上って行く様を見ていると、何だか言い知れない気持ちになってしまって、思わず目を伏せた。

今日は寒い。

そんなこと、今朝の天気予報で知っていたことなのに、私は今初めて知った人のようにほうっと溜め息を吐いて前の人を見た。


「菊さん、」

私の淹れた珈琲を飲みながら、瞳だけで返事した。どうしましたか、そんな顔だ。

「今日は寒いですね」
「ええ。隙間風がほら、うるさい」
「風がよけいに寒さを際立たせるのです。」

自分で淹れながら手をつけていなかったカップを手にとる。
冷えた指先にこの珈琲は熱い。

「ねえ、菊さん」
「…今日は随分と、饒舌ですね。」
「おいかり?」
「まさか。貴女の声は極楽のソレですからね」

心地良い、もっと御話。
少しの柔らかさもない声と表情で菊さんが告げた。
カチャリ、カップを置く。

「わたし、貴男に珈琲を淹れるたび思うのです」
「なにを」
「…いわせるの?」

冷えた指先でスプーンを摘み、珈琲をかき混ぜた。
菊さんがうんと間を置いてから、ゆっくりと珈琲を飲んだ。

「貴女が言いたいならどうぞ」

カップから口を離し、菊さんが少し笑った。
他人様へのあの柔らかい笑顔ではなく、イジワルな笑みだ。

「ぼじょう」
「慕情、ですか」
「募るオモイですよ」
「ほう、えらく滑稽な」
「滑稽?」
「人間が国を好くなど、滑稽でしょう」

二回ゆっくり瞬きした後、カップを手に取った。
初めて聴いたとき、目頭が熱くなって、思わず顔を伏せたのを思い出した。菊さんが(お前さま、生娘でしたか)と苦笑いして私の肩を叩いたのだ。

「滑稽ですか、なるほど、そうでしょうね。」
「納得なされた?」
「まさか」

一口、珈琲を飲んだ。

「あなたとわたしは、もう後戻りできぬ仲なのに、そう仰有る貴男が滑稽なのです。」
「私が」
「ええ。本当は諒解なさってるくせに、意味をすぐすり替えて言いなさる。そんな貴男の言葉こそ、」
「お前さま、」


唇が渇いた。
菊さんが柔らかく笑う。


「お前さま、えらく賢い。敏く好い子。」


絹擦れの音をさせて菊さんは立ち上がった。
あっ、手からカップが落ちそうになったのを、菊さんが手早くカップを取った。


「私の真意を分かってしまわれている。小憎い、小憎い。しかし、うい女」


菊さん、そう言葉を紡ぐより早く、菊さんの指が私の頬を撫でた。


「慕情、なるほど、私も」


渇いた唇を菊さんがさらりと撫でると、少し潤んだ。



珈琲のけむが立ち上って行く様を見ていると、何だか言い知れない気持ちになってしまって、思わず目を伏せた。

今日は寒い、それなのにこの身は燃ゆるほど熱いのだ。



 


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