▼ あい
「一緒に死んで呉れないか」
電話越しの声に、ハッと息が止まった。
受話器を持つ手が震える。やっとの思いで出した声は、自分の予想に反して明るいものだった。
「心中ね。」
そう、そうだね。と言う関口さんからの言葉は暗い。
「太宰治みたいな」
「うん?」
「真似はなさらないでね」
「彼だって、わざとじゃなかったよ」
「あら、わざとじゃないからって、私だけ死ぬのは嫌よ」
「そうだね」
電話越しでも関口さんがいまどうして、何を見詰めているのかが何となく分かる。自惚れね、なんて笑うと、彼は呻き声を上げた。
「すまない、すまない名前君」
いいのに、謝らないで、そのどちらの言葉も出ずに私はゆっくり瞼を閉じた。
「死んだら地獄へ行くのかしら」
「さあ、どうだろう。京極堂ならしっているよ」
「そう、そうね。いえ、知りたいわけではないの。ただね、ただね」
「うん」
「私、それも本望なのよって」
はあ、とため息が出る。辛くとも、悲しくともないのに。ただ、幸せなはずなのに。
「私、貴方と死ねることが幸せなのよ」
「そう、」
「幸せよ、本当よ。ああ、私、関口さんとなら地獄も怖くなくってよ」
上を見る。
もう直に日が昇る。海面を照らす朝の光はどれだけ美しいのだろうか。そうは思うが、別段いまの私にそれを見たいような欲求はない。
ただ二人、二人っきりの地獄を巡りたいとは思う。
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