▼ 迷路
「迷路だ」
周囲一帯、鉛色したコンクリートの壁しか見えない。頭上には重い曇った空。
「迷路だ」
もう一度同じ言葉を繰り返した。
確証をもっていたわけでもないのにそう思った。迷路だ、きっともう私はもう出られない。
「何故なら、ここが迷路の中だからだ」
聞いたことのある声に振り向く。
「中禅寺さん?」
「迷路の中からは出られないのだろう、君?」
「ええ、だって迷ってしまいましたから。」
「だから迷路なのさ」
「そうですね。迷ってしまったのは迷路だからですね。」
中禅寺さんはそうだと頷いた。私はまた空を見る。
「雨でも降りそうな」
「ああ、曇っているから」
また知り合いの声だ。振り向けば関口さんが立っていた。
「迷ったんだって?」
「ええ、だから立ち往生。」
「出口は分からないのか」
「だって迷路ですから」
そうだね。関口さんが頷いたのを見てまた空へと視線を戻した。
「迷路だから」
「出られねぇのか」
「木場さん?」
振り向きながら問えば、不機嫌そうな知り合いがいた。
「出口はどこか知らないのかい」
「ええ、生憎」
「本当にか」
「…本当に」
何だってそんなことを聞くのかと体ごと木場さんの方を向けば、背後――今まで私が体を向けていた方――から声がした。
「なんだ、知らないのか」
「榎木津さん」
「残念だ」
「なぜ、」
「君は知っているだろうに」
「中禅寺さん?」
「迷ったふり、かい」
「関口さん、」
「何故だ?」
「木場さん…」
「ほら、後ろだ」
誰かの声に思わず肩を震わせた。
出口へはいってはならないのに、ダメなのに。私は迷路から出られないのに、なのに。
「なのに、何だって貴男達は私を出したいのです」
声はもうしない。あとは帰るだけだとばかりに出口と私だけが存在している。
鉛色はない、もうあるのは白だけだ。
「帰っておいで」
珍しく優しい声に私は思わず出口に走った。
自殺未遂の女の子の話し。
意識不明の重体、今夜が峠ですのときにみた夢。
自殺した方は上にも下にも行けず彷徨うと聞いたことがあるので迷路でいるとか、そんな説明がないと分からない話しでした。
2010.9.3
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