▼ 襦袢、紫、雨傘
花街が嫌いなのは相変わらずで、夜に限らず暗い路地を見つけては鬱屈とした気分になる。
あの路地の奧には棄てられた女がいて、此方をじっと睨んでいるのだ。
そう考えると一気に気味悪くなる。
赤線が敷かれてからは目立たなくなったが、それでもこの辺りはまだ名残がある
(鬼魅悪ィ――…)
辺りが暗くなって来て灯りが点る。古風にも提灯を掲げているところもある。
夜の闇が忍び寄って来て、すれ違う人間や自分すら闇に溶けてしまう。
こう云う時間は彼方と此方が混じり合い魔に出会し易いと京極に聞いたことがある
生きたモノかそれ以外かを判別する際は同じ言葉を二回繰り返せば良いとも聞いた。彼方のモノは繰り返す言葉を言えないらしい。
「もし――」
透き通ったような透明な声が後ろから掛かり俺を呼び止めた。
「其処な人」
「俺の事か?」
「貴男です。」
振り返れば和装姿の女が立っていた。
明かりが届かず傘と和装であることしか分からないが。
透明な声がもしとまた言った。
不意に、化け物とはきっとこんな風にして生きている者に忍び寄るのだろう。そう思い顔が青ざめた。
「俺に何か用かい?」
「はい。」
ふふっと影が笑った。
「雨が降りそうです。傘をどうぞ」
にゅっと影から両手が伸びた。
「どうかしましたか」
「いや、いい――」
片手を振れば、影はゆるりと手を下ろした。
「この辺りじゃ」
影が話す
「雨宿りもできませんわよ」
「いや――そんなに長居する気はねェよ。」
影はゆっくりと揺れて此方に寄った。
提灯の幽かな灯りに影の姿が浮かぶ。
「噫――」
酷く麗しい女だった。
「どうかなさいましたか」
「いや、」
昔、絵に見た雪女だかにそっくりだと一瞬思った。
真っ白な肌は漆黒の髪に対して異彩だ。
「怪の類――」
「え――?」
「いや、何でもねェ」
女はふと空を見上げて傘をさした
「雨か」
「そこな人も早よう」
ゆっくりとした手招きを見た後、俺はゆっくりとその蛇の目の傘に入った。
題名負けしてる気がして仕方がないです
実は木場修初夢
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