▼ 宵闇
優れた人が好きなんだろうな。
「大佐?」
「彼女の事だよ」
デスクで何かの本を読んでいた中禅寺はそう言うと首を傾げた。
「優れた人――ですか」
「例えば中禅寺、彼皇女様は君に御執心らしいじゃないか。」
「噂でしょう」
「そうか――?」
眉を潜め、不機嫌そうな顔を作る。
「噂では――身体を交える程仲睦まじいらしいな」
「噂では、ですからね。あのように気高い人が僕のような人間と交わるとは思えないでしょう?」
そう言うと中禅寺が笑った。
吊られて笑うと、中禅寺は立ち上がりじゃあ僕はこれでと部屋から出て行った。
「行ったよ」
「非道い人達」
名前が本棚の影から現れる。
帽子を目深に被りながら軍服姿の男装の麗人は溜め息を吐いた。
「本当の事を言っただけじゃないか」
「日本人は控え目な人種だと父上に伺っていたが、あれは嘘だったんだね。」
「父上?どちらの」
「――勿論、故郷のさ。」
どこか憂うその顔を見て、加虐的に笑ってしまう。
「故郷?」
「堂島大佐。君は先ほどから何を聞く」
「何も。ただの戯言ですよ。」
「戯言にしては不愉快極まりないな。まあ良いや。ところで、僕を此処に呼んだ訳はなんだい」
首を傾げた名前は口元で僅かな笑みを作った。
「貴女様には、近々陸軍へ移って頂くことになります」
「陸軍――へ?」
微笑すら浮かべていた顔はすっと険しいものとなった。
「誰が言ったんだ」
「さあ。何分自分は伝えるよう言われただけですから」
「陸軍――僕を中国へ追い返そうと云う魂胆なのか」
「満州国へ少しばかりの御旅行とお考えになられれば良いのですよ」
自分でも怪しいと思うほど、にやりと笑う。
「これだからこの国の人間は嫌いなんだ。」
「ほう」
「特に君のような人間には虫酸が走る思いすら感じる」
軽蔑したような目を此方に向けて、帽子のツバをくっと下げた。
「邪魔したね」
鋭い目つきのまま部屋を出て行こうとする名前に言葉を投げかける。
「中禅寺には言っておいてあげますよ」
名前はくるりと振り返り冷たく言い放った。
「結構だよ。堂島くん」
その顔はかの皇帝に似ていた。
芳子ちゃん好き好きシリーズ第二段。
堂島さんが大陸へ行ったのは彼女に会いに行くためとかどうですか。
2009.2.22
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