▼ 君に胸きゅん!
榎木津さんと給仕を外に出掛けるよう仕込んだのは、勿論僕でありそんな僕のささやかな計画に協力してくれたのが敦子さんだった。
任せて下さいと笑った彼女に何度も礼を言うと、
「だって、益田さんに協力すると面白そうじゃないですか」
とにこにこ笑って言った。
そして、そんなささやかな計画は幕を開けた。
開けて早々に、この計画の主役がやって来た。
探偵社の扉を控えめに開けて綺麗な声でごめんくださいと言う。
はいはいと言って扉を開けた。
開けると洋装姿の名前さんが俯き加減で立っていた。
スカートからにゅっと出た足に目がゆく。
白いな、と思った。
ソファーに名前さんを勧めるとにっこりと笑った。
ああ、胸きゅん。ずきゅーんと言った。
「益田さん」
「はい?」
声が裏返りそうになりながら答えるとあの、と気まずそうな声を出した。
真逆、
さっき足白いなァーとかって見てたの気付いてた!?
それを名前さんは厭らしい目で見られていたと勘違いして……
嗚呼、嫌われたな
そう思うと弾かれたように台所へ行った。
珈琲を淹れながら頭を抱えた。嫌われた。確実に嫌われたッ!
床にへたへたと座ると名前さんの迷惑だと言いたげな顔が思い浮かんだ。
思い浮かびついでにショックを受けた。
珈琲がごぽごぽと音を立てて出来上がった。
ゆるゆると立ち上がりコーヒーカップを用意する。注ぐと良い香りがした。
その良い香りを嗅ぎながら覚悟を決めた。
嫌われていたって、言うだけ言おう。
そのために敦子さんは協力してくれたんだ。
台所から出ると、名前さんがあっと幽かに声を出し腰を浮かせた。
「ああ、座っていて下さい。」
手で制すとそうですかと言って座った。
どうぞと珈琲を渡すと有難う御座いますと微笑した。
両手でコーヒーカップを大事そうに持つ仕草だとか、飲む時に伏せられる目に目がゆく。
名前さんはゆっくりとした仕草で珈琲を飲み込むと、珈琲の入ったカップを見つめながら、はあと溜め息を吐いた。
裏返る声で咄嗟にどうかしたんですか?と聞いた。
名前さんはさっと顔を背けて、
「どうも、してないです」
と言った。
そのわりには様子が変だ。
「いや、顔が赤いです。熱なんじゃ――?」
少し躊躇した後に名前さんの額に手を添える。
手が汗ばむ。それが気付かれないかと思うと余計心臓が早く脈打つ。
顔が赤らむのを感じながら、熱いですねぇと言って本当に大丈夫ですか?奥の和室に布団敷きますからそっちに――と名前さんの肩に手を置いた。
「い、いいえ。大丈夫ですから」
「無理しないで下さい。僕に少しは頼って下さいよ」
ね?と笑うと名前さんがくらりとした。
ああ!と慌てて抱き抱えると、涙混じりの目で此方を見上げた。
思わずどきりとする。
誤魔化すように言葉を掛ける
「しっかりして下さい!嗚呼、風邪薬を先に飲みましょう」
「いいえ!大丈夫です。本当に!」
そうですか?と聴くと、彼女の体にまた熱が上がる。
「名前さん、さっきより熱が上がってるじゃないですかァ!」
ああ、薬と言って名前さんをソファーに座らせ薬箱を探しに行こうとすると服の裾を掴まれる。
え、と驚いたように振り返る。
「あの、風邪とか――熱じゃあないのです」
頭に疑問符を浮かべながら名前さんの隣へ腰を下ろす。
何だかもう駄目かも知れないと思った。
「――わた、し」
心地いい声が耳に滑り込む。
「貴方が…すき、です」
頭を叩かれたような、衝撃があった。
戸惑いながらも成る可く落ち着いた声を出す。
「名前さん」
振り向いた彼女に微笑してみせた。
君に胸きゅん!
(僕もいつ言おうかと、思ってたんです)
ケケケと笑った僕に彼女は抱きついてきた。
(大好きだッ)
ああ、もう――幸せ
コーヒーカップに揺れる想い
の益田視点。
視点――?
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