(現代)
「今、どうしてるの?」
その言葉に私は思わず凍りついてしまう。
久し振りに高校の時の友達に会った。夕方、買い物帰りに偶然。
久しぶりー元気?元気よー、あなたは? そんな会話を交わし数分たった頃、旧友はふと気が付いたというような顔をして、今どうしてるの?と尋ねた。
きっと、いや絶対、彼女は私の現在の職業について尋ねたのだろう。今、仕事は何に就いているのという風に。しかし私は一瞬質問の意図をはき違えた。彼のことを尋ねられたのかと思ったのだ。
彼と出会ってもう五年になる。何か劇的な出会いだった気もするし、あまりにも平凡で日常に埋もれてしまいそうなそんな些細な出会いだった気もする。関係を持ったのは二年前からだ。どちらともなく、体を重ねた。
彼には奥さんがいる。趣味で手芸教室をしている、とてもキュートな奥様だ。彼は常々、私にはもったいないないだろうと笑う。そんなに言うのにどうして私と逢うのだろう、そんな野暮なこと聞かないけれど。
私は今そんな彼に(古い言い方だが)囲われて暮らしている。時折寄稿する以外気ままに暮らしているのだから、結構なものだと自分でも思っている。日がな一日、彼からの電話を待ち、彼自身を待ち、時折物書きをする。あてがわれたマンションは一人で住むには大きすぎる。
「名前に寂しい思いをさせてすまないと思っているんだよ」
ある日ベットの中で私の髪を愛撫しながら、彼は独り言のように呟いた。私はゆっくりまぶたを下ろす。
「若い名前を、私は嬉々として拘束している。女性の幸せというものから一番遠い世界にね。こんな歳なのに、私は随分なエゴイストだね。」
窓の外で鳥が鳴いた。それっきり、何の音もしなくなった。ただ、二人の呼吸がそこにあるだけだ。
私は今、幸福の極地にいる。しかしここは、裏を返せば寂寞の最果てだ。
その日も彼は、妻は自分には勿体ない人だと笑った。
「ねえ名前、あなた今しあわせ?」
高校の時の旧友は質問を替えた。何かを察した、という顔をしながら。
「幸せよ、とても。」
私は微笑んだ。もう夕陽は沈もうとしている。私は一人、幸せの極地へ帰って行く。
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