短編 | ナノ


あれはいつのことだったでしょうか。私には美しい友人が居りまして、その友人と二人、三泊の京都旅行に赴いた折のことです。

二日目の夜、彼女が不意に散歩へ行こう、と私を誘いました。
その日は京都市中を一日かけて巡ったため、私はほとほと疲れていたのです。だから、できれば宿でゆっくりと湯に浸かり、早々に寝てしまいたかったのです。
しかし彼女は頑なに散歩へ行くことを推しました。私が行かないのなら一人で行くと言うのです。私は焦りました。彼女は大へん美しいひとなのです。もし、彼女の身に何かあればどうしよう、そんな考えが浮かびました。
結局、私は彼女の提案をのみました。

宿を出ると彼女はまるで勝手知ったるようにスタスタと歩き始めました。
はじめ私は彼女へ着いて行くのがやっとで分からなかったのですが、ようやく隣へ並んだとき、彼女の目があまりに暗かったのを見たのです。
私はその瞳に驚き、思わず彼女の手を掴みました。すると、彼女はゆっくり私の方を向き(だいりに鬼がいるのよ)と言いました。
(だいり?)と私が尋ねると、彼女は美しい声で(だいりに鬼がいるのよ、女を喰らうの)とまるで歌うように言いました。
私にはその真意も、だいりという言葉の意味も分かりませんでした。ただ、美しい彼女の目に、声に、唇に、魅了されていたのです。
私はフラフラと彼女に着いて行きました。
行き着いた先は、昔の御殿でした。彼女はまたスタスタと先へ先へと歩みます。私は彼女の二、三歩後を着いて行きました。
ずっと行くと、そこには松の林がありました。そこにある、一本の木の前で止まって彼女は(ほら、御覧)と指差しました。すると、にわかに月の光がその姿をありありと映し出しました。

(あ、)

と私は叫びました。それはまさしく鬼の姿だったのです!
(逃げよう)と彼女の手を掴むと、私は一目散に松林を抜け、自分でもどういう道を辿ったのか分からないのですが、元居た宿へ逃げ込みました。

(いち)

私は後ろにいる彼女を呼びました。しかし何の返事もないのです。私は恐ろしくなって後ろを見ました。そしてもう一度、あ、と叫びました。
彼女は居なかったのです。私が掴んでいた彼女の右手以外、姿を消していたのです。

私は彼女の右手だけを掴み、逃げ出したのです。そこでようやく、彼女の言葉の意味を知り、鬼の姿をありありと思い出しました。

鬼は友人の姿をしていたのです。美しい姿を月光の下晒していたのです。
私はたまらなく、恐ろしくなりました。

私の友人の名はいちと言います。市。
美しいひとです。美しい声のひとです。
きっと鬼とは恐ろしい外見ではなく、彼女のように美しい女の姿をなしているのでしょう。私には分かるのです。今も彼女の腕を抱き続ける私には

「内裏の松原で鬼が女を喰らう話」


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