短編 | ナノ




「あなたのお子を孕みました」

そんなことを幸福そうな表情で言った名前に、ああこの娘はついぞ精神を病んでしまったのか、と私は悲しくなり、そんな彼女の繊細な精神を守れなかった自身へ憤りすら覚えてしまった。
狂言である。彼女は幸福そうに自分の腹を撫でながら、心底ぞっとする嘘を口にしているのである。気が違ったか、違ってしまったのだろう。ただ、それを言えるほど私は軽率ではないのだ。だから努めて慎重に、目だけ細くして「それは御目出度い」と小声になって返事をした。

「あら、私、もっと慶んでくださるかと思っておりましたのに」
「悦んでいるよ。そりゃもう目一杯。ただ歳だからか、心境は早くとも表情が遅れて出てしまうんだ」
「それは困りました」

困ったね、いやはや本当に困った。きっと名前がこうなってしまった原因の一端は私にあるのだ。歳の離れた彼女に私は優しく接したつもりであったが、彼女は私のそんな態度や周りの対応に日増しに健全な精神を磨り減らしていったらしい。常に寂しい、(故郷へ)帰りたいと口走るようになり、最近は部屋へ隠ってしまっていたのだ。それが今日になって、幸せそうな表情をして自身の部屋から出て私の元へとやって来た。当初、ああなんだ彼女の病は治ったのかと思った。しかし、名前の言動を目の当たりにし、終ぞ彼女は鬱いでしまったのかと悟ったのだ。
私と彼女は夫婦という仲ではあるが、一度もそういった行為に及んではいない。名前のことを慮ってのことであったが、名前にはそのことも心労の原因となったのであろうか。確かに、若い彼女には酷なことをしたのかも知れない。今更悔やんでも是非もないことなのだが。


「元就さま」


名を呼ばれはっとした。そのまま名前の方を向けば、やはり幸福そうに腹を撫でながら、やや子は女か男かどちらが好いかと訊ねた。

「やはり武家のお子、男児が好いのでしょう」
「いや、私はどちらも我が子ならば愛おしいよ」
「お優しい方」


くすくすと笑う名前に、背筋がぞっと冷えた。


「ねえ元就さま」
「なんだい名前」
「十月十日の後が楽しみですね」
「ああ、本当に」


彼女の腹が膨らみ、そこから何やら分からない、禍々しいものが産まれたならば私はどうしようか、そっと川へ流せるだろうか。そんな空想をしながら、彼女の腹に触れると幽かな心音がした。

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