(鬼灯の冷徹)
碧の艶々とした長髪が自慢の名前が、ある日バッサリと髪を切って来た。そりゃあもう飛び上がらんまでに驚いてしまって、挨拶も他所に「どうしたの?」と尋ねてしまった。
名前はと言えば複雑そうな顔をしているばかりだ。
僕は相手が黙っているのを良いことに、ついあれやこれや言ってしまう。
「長いときの方が良かったのに」
「でも短髪も似合うね」
「しかしまたどうして切ったの?」
「あっ、もしかしてフラれちゃったとか」
「あっ」
口が滑った。これはいけない。そう思っている間にも名前の顔はどんどんと曇って行く。
「ごめん」
「いえ。」
「た、短髪も似合うよ」
「ありがとうございます」
「うん」
気まずい。自分の失言が原因だから文句は言えないが。正直、平手打ちされる方が百倍はましだ。あれは一瞬だし、後腐れがないし。
「……どうして」
「へっ、えっ?」
「どうしてバッサリ切ったら失恋したと思われるんだろ」
名前はパッパと肩の辺りを払ったあと、悪戯をした後の子供のような顔で僕を見た。
「ごめんなさい。まさか白澤様が引っ掛かるなんて、夢にも思いませんでしたので」
「いや、僕は構わないけど」
「あっ、フラれてませんよ。洗髪に時間がかかるのを前から気にしてたんです。」
「あっ、そうなの?そうなんだ。あー良かった」
「ふふ。白澤様でも分からないこと、あるんですね。」
心底楽しそうな顔になった名前は、するするとこちらへ寄って来ると、じっと僕の目を見詰めた。
「……本当に、私が傷心だったら、白澤様慰めて下さいました?」
「名前が望むならね」
「手籠めになさらないの?意外」
「僕は女の子には優しいから」
「失言したくせに」
「それは、まあ」
名前の目が細められる。
「なんだか白澤様を詰ってるみたい。趣味じゃないなあ。」
「詰られたいの?」
「どうでしょう」
「今日は随分と唆すね」
そっと髪を梳く。艶々とした、長髪の、
「私、人を好きになると髪を切ることにしてるんです」
「へえ」
「誰かは聞かないので」
「聞いてほしいの?」
「……やっぱり嫌」
ゆっくりと手を這わす。手籠めにしないんでしょ、と名前が肩口で笑った。
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