短編 | ナノ


雨の中、散歩がしたいと言い出した名前に付き添う。

「寒い」

城の裏手にある竹林まで来た頃、名前がそう呟いた。

「だから上着を羽織れと言った」
「だって、それでは雨の寒さが分からないでしょう」

まるで問答のようだ。顔をしかめれば、そう思ったことが伝わったのか名前が首を捻った。

「雨中散歩なのに、雨の煩わしさを感じぬのは趣がないと思ったのです」
「私には分からん」
「そう」

どこか満足げに頷いた彼女に、少しばかりの苛立ちを覚えた。ただ、なぜその感情に至ったのかが分からない。分からないまま空を仰げば、竹の青々とした葉が空を覆っていて、時折雨粒がどっと落ちてくる。


「私は雨が嫌いだ。故にそのような心は生まれない。」
「そう、残念。」
「残念?」
「もったいないです」
「雨が嫌いということがか」
「いいえ、まさか」


名前は俯き少し笑った。


「そうですね、言えばあなたはお気を悪くなされる」
「よほどのことでなければ、」
「そうですか。なら、いやねただの戯れ言ですよ。少し思い至ったのです」

雨だれの音を聞きながら、じっと名前を見詰め言葉を待つ。


「あなたとこの明媚を分かち合えぬのは、存外寂しいことだと思ったのです」


そうか、短く返事をすればあとは沈黙となった。

殊の外寒い雨中ではそれも良いのかも知れないと、少し冷たい手を握ってみた。
音は揺れる竹の音だけである。





title by 風邪



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