春の夜の艶やかな匂いや闇に中てられた、と言えばそれまでなのだが、なにせ夜になった途端に欲が出て困った。 誰か呼ぼうか、そうは思っても夜半、寝ている者を起こすのは忍びない。 仕方なく気晴らしに城内を手燭片手に歩くことにした。 襖を開け、外に出れば肌寒い夜気に当たり頭が冴えた。いっそ庭に下りれば良いかも知れない、そんなことを思っていると、向こうの渡り廊下に灯りが見えた。あっ、と思い首を伸ばす。 「名前?」 手燭を持った側仕えの名前だった。相手もこちらに気付いたのか、目を丸くしたあと足早に渡り廊下を渡った。 幾らかして、息を切らせた名前が廊下の向こうからやって来た。 「やあ、」 自分でも間抜けな挨拶だと思い、さっと顔を振る。 「すまない、急かせてしまったか」 「いいえ。それよりも家康様、如何なさいましたか」 「いや、うん。」 名前こそ、と聞こうとして言葉を飲み込んだ。雑務でもあってだろう、髪が濡れていて風呂から部屋へ下がる所だったらしい。 そこまで考えて、何と言えばいいのか迷った。正直、こんな頼みは自分でしたことがない。 「あのだな」 「はい」 「…夜伽を頼みたい。」 「は、」 言葉に詰まったように名前が瞬きをした。無理もない。忘れてくれと笑みを浮かべようかと思ったとき、名前が自分の持っている蝋燭の火を吹き消した。 「…すまないな」 「家康様に斯様なことを直々に頼まれるとは思わなんだで。」 微かに笑む名前を見て、うんと頷いたあとで自分の燭台の火を吹き消した。 ビジネスライク、ビジネスライク。 手燭には夜伽の意味もあるそうで、二人して持ってるのはそのせいもあります。吹き消したのは了承の意。 しかし、こんな権現すごく嫌だ。 [prev|next] |