短編 | ナノ


(現代)

抱き締められると、仄かに甘い匂いがした。何の匂いだろうか、花の匂いがだろうか、良い匂いだなあと思って素直にそれを口に出すと、小十郎さんはパッと体を離した。

「あの、私、何か気にさわるようなことを」
「いや気にするな」
「でも」

突然のことに驚いていると、小十郎さんはバツが悪そうに顔を歪めてみせた。

「名前が気にするようなことじゃない」

はあ、何だろうか歯に衣を着せたような物言いだ。
私はじっと小十郎さんの顔を覗き込んだ。普段なら、不躾な態度だと鼻を摘ままれたりするのに、今日に限って目をサッとそらされてしまった。怪しい。怪し過ぎる。

「……何か、隠し事でも」
「ああ?」
「ごめんなさい」
「あっ、いや、俺こそ悪い。」

凄まれて反射的に謝ってしまった。普段ならこんな態度とらないのに。
やっぱり怪しい、チラリと目を見れば、忙しなく部屋の隅を見たりしている。


「怪しい…」
「何か言ったか?」
「いいえ」

まさか、オホホホホ!とまでは言わなかったが、口元に手をやって「あらもうこんな時間、やることを済ませなくっちゃ」とわざとらしく言ってから、小十郎さんに背を向け部屋を出た。

扉を閉めてから気が付いた。部屋を出たからって何もすることがない。むしろ用事は全て済ませた後だ、何にもしようがない。どうする、どうしよう。今から部屋に戻れば不審過ぎる。
扉にもたれながら、やれ困ったどうしようと考えていると、突然背もたれが無くなった。自然、後ろに倒れる。

「あっ」
「おっと」

床との接触を予期していた私の体は、すっぽりと良い匂いと、心地好い温かさに包まれた。

「危ねえ」
「あの」
「まずは礼だろう」
「あっ、ありがとうございます」
「良し。」
「あの、小十郎さん」
「なんだ」
「……」


良い匂いですね、もう一度つぶやくと、小十郎さんは苦々しく笑った。


「名前はまた、変な勘違いをしてる」
「勘違い?」
「いや、勘繰りだな。」
「だって、小十郎さんの態度が怪しいことこの上ないんだもの」


そりゃ勘繰りもしますよと伝えれば、そうかと答えたあと抱き締める力を強くした。


「まあ、そうだな。俺もすぐ伝えれば良かったな」
「はい。……えっ何を?」
「お前が言う良い匂いがする原因」
「えっ、と」
「だから妙な勘繰りはするな。」
「正直に言って下さいね、ね!」
「正直に言う。だからお前も信じろ」
「……突拍子もない話し以外は信じます」
「……結構、突拍子もない話しだったりするが。実はな、今日の昼休み、政宗さまに冗談で香水を掛けられた」
「はあ、…はあ?」
「とりあえず聞け。政宗さまは女物の香水が好きらしい。何でだかは知らねえけど。で吹き付けられたのは女物の香水だった」
「はあ…」
「なんだその顔は」
「いや、何だか拍子抜けしてしまって」
「そうか」
「原因が政宗さんだったなんて、思いもしませんでしたし。」
「じゃあ何だと思った」
「は、」


何とも形容し難い顔をして、小十郎さんは私の顔を覗き込んでいる。
何と答えようか。素直に女の人、と答えるのは上手く小十郎さんの術中にハマったようで癪に障る。
少し考える素振りをしてから、返答をした。


「帰りがけにお花いじりでもしたのかな、なんて思ったのです。」


ほら、土いじり好きでしょ、と可愛くないことを言えば、不躾なと鼻を摘ままれた。



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