短編 | ナノ




万華鏡を覗いていると、そのきらきらと光る世界に酔ってしまった。
目を離してもなお、瞼の裏にはその華美な世界が透けていて、私は重苦しく溜め息を吐いてその世界から逃れようとした。

「溜め息なんて吐いてどうしたんだい」

突然、後ろからかけられた声に驚いた。振り返れば、元就さまが私を見ながら首を傾げていた。
いつから見られていたのか、疑問に思いながらも体ごと元就さまに向けて、挨拶の後、質問に答えた。

「それが、万華鏡に酔ってしまったのです。」
「酔って?名前は時々お間抜けさんになるね」
「大殿ひどい」

万華鏡を胸の前に抱けば、元就さまは眉を八字にして笑った。

「ごめん、ごめん。名前を見ているとついつい意地悪を言ってしまいたくなるんだよ」

むっとすれば、元就さまの手がすっと伸びてきた。
目が合う。なあにと問えば、また困ったような顔をして笑った。

「いや、うん。……名前」
「はい?」
「まだ酔ってる?」
「うん、」

目の端っこにはまだ華美な世界が広がっている。元就さまの肩口の方へ、ゆるゆると視線を漂わせれば、元就さまの指が唇に触れた。

「ねえねえ、大殿。くらくらするのよ、綺麗な世界にね、呑まれそう」
「それは、私が困ってしまうな」
「どうして」
「……どうしてだろう」
「ねえ元就さま。もしも私が沈んでしまったら、私のこと掬ってくれる」
「救うよ。名前を巣食うものから救ってあげる」

それなら私、呑まれてしまっても平気ね。元就さまの方へと倒れながら呟く。
抱き留められた感触に、ゆっくりと目を閉じれば、あのきらきら輝く華美な世界が透けて見えた。


「ねえ、元就さま」


目を開く。背景は瞬く紅梅。

「すくって、呉れる?」



耳近くに声がした。巣食ってあげようと。




[prev|next]
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -