随分と眠つていたやうな氣がした。 西日が煌煌と照る内から物思いに耽ていたので、果たして何時眠つたのか、今は何時なのかさつぱり分からないでいる。 そう言えば、室の中は真つ暗だ。 だうやら、何も氣が付かぬ程、深く眠つていたらしい。こう云うものを何と容したか、胡乱な頭で考えてみた。さう、確か、 * まるで死神のような人だ、と初めて南光坊さまを見掛けたとき思った。色素のない髪がきらきらと光を反射させている様はなんとも綺麗なのだが、そういう性分なのか、あまり日に当たろうとしないせいで肌が不健康に青白い。その上身体が細いので、綺麗な御髪は負の相乗となってしまい何だか妙に恐ろしい人に見えてしまう。 本当は、すごく、美しい人なのだが。 「僧にむかって、美しいと口走るあなたは純真ですね。」 つい漏らしてしまった言葉を拾い上げた南光坊さまに、私はなんとはしたない言葉を呟いたのかと顔が赤くなってしまった。 「いや、あの、」 「名前さん、一度言った言葉は帰ってこないのですよ。取り返せぬのです。」 「……ごめんなさい」 思わず顔を伏せた。浅ましい女と思われたろうに、自分の短慮に恥じ入ってしまった。 そんな私を見かねたのか、私の肩に手を置くと顔を上げなさいと優しい声音で仰られた。 「元気を出して、とは言えませんが。そう、気晴らしに私がみた夢の噺でも致しましょう」 「ゆめ?」 首を傾げれば、「そう、夢の噺」と仰有り目が弘を描いた。 「夢なのですが、いえ夢でも僧がこのようなものを見るなどイケないことですね。とても血生臭い夢をみたのです。私が、鎌を手に、人を殺めてゆく夢」 「南光坊さま?」 「怖がらないで名前さん。夢の噺なのですから。私は、誰か、とても素敵な御仁と共に国々を巡るのです。ああ、なんて空恐ろしい。時には仲睦まじい夫婦を引き裂き、時には非力な農民を殺める!ああ、なんて、罪深い!」 「南光坊さま、それは、」 「それは、本当におこなったことなのでは?」 ハッとして、私は青白い南光坊さまのかんばせをみた。 どうしたことだろうか、南光坊さまのひとみは、さきほどよりもそれはもううれしそうに、えんでいる。 「あなたは酷く純真ですねえ。夢の噺と言ったでしょう。夢のはなし。僧侶の私がどうして人を殺めましょう。」 「いや、その、」 「さきほども申したでしょう。一度言った言葉は帰ってこないのですよ。ねえ、名前」 * さうだ、想い出した。白河を船で往つたと話した男の話しから生まれた言葉だ。 手を打つと同じくして夢見の事も想い出した。 「明智殿に殺められる夢よ」 [prev|next] |