短編 | ナノ


(さいれん)

ロープウェイの紐が切れたら、私たち、死ぬのかしら。

雪山登山の帰り、ロープウェイの最終便に乗り込んだ瞬間名前が本当に小さく呟いた。
ガタンと音がして、ロープウェイは動き出す。

「……死にたいの、ですか」

窓の外は雪で煙っている。ゴウンゴウンとロープウェイの動く音が、二人の間に嫌に流れる。

「死にたくなどないけれど」
「でも、あなたの語り口は、まるで死を望む人のようです。」
「ああ、そう、それも心中」

一瞬、ロープウェイが風に揺れた。

「……揺れるな」
「ねえ、このまま風に飛んでったら」
「厭な予感ですね。それなら事故死ですよ」
「そうなったらこのロープウェイ、閉鎖されちゃう。」

名前は面白くなさそうに、肩を上下に動かした。

突然、底抜けた音楽が流れた。何だろうかと顔を上げればスピーカーが見えた。ロープウェイの中でだけ流れる放送らしい。

「風が強いって」

名前が放送された言葉の一片を呟く。ヒューヒューと冷たい風の音。

「吹雪いていますし、これは一時停止になるかも知れない」
「へえ?」
「怖いのですか」
「ううん。」

名前が少し顔を強張らせた。何だ、彼女にも少なからず愛らしい、少女のような感性があるのかと思うと微笑んでしまいそうになる。

「存外、あなたも愛らしい感性を持っておられる」
「嫌味?」
「いいえ、まさか。ただ、」

ただ?彼女が聞き返したとき、また強い風が機体を揺らした。

「暗くなってきた」

そんな名前の言葉に、外を見た。

「厭だな、これでは本格的に帰るのが嫌になってくる」
「なら、いっそここで泊まってしまいましょうよ」
「まさか」


彼女の冗談に、いよいよ口角を上げた。
まさか、もう一度噛み砕くように、ゆっくりと言えば、また底抜けた音楽と一緒にロープウェイは動き始めた。

「残念」
「嫌でしょ、こんな山の中腹で俺と一夜を過ごすなんて」
「ううん。」
「……俺は嫌ですよ」
「どうして」
「さあ、どうしてだろう」

彼女は何だか底意地が悪そうに微笑むと、窓の外を見た。

「嘘よ。きっと、嘘。宮田せんせいは、嘘つきね。」

真っ白い窓に名前の顔が浮かぶ。俺はまた、ゆっくりと言葉を噛み砕くように発しながら、名前に倣って外をみた。

「このまま、風に飛ばされたら、好いのにな」



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