(現代) ノスタルジアが好きな彼女と別れたのは一カ月前だった。別段、互いを嫌いになったわけではない。ただ、なんとなく、お互い縁を切った。 そのとき彼女から返してもらった家の鍵は、洗面所の、三面鏡の戸棚に置いてある。確か真ん中。自分で置いといて、確かなんて自信のないことだ。 数日前、その元カノからメールがあった。久しぶりだと思いながら開けば、なんてことのない内容で、ふっと一カ月前を思い出しながら、こちらも取るに足らないメールを返した。それから、昨日までメールが続いていた。決して若い恋人同士のような、たくさんなやり取りではなく、短い淡々としたものを互いに二、三度送る。それだけと言えばそれだけなのだが、ずい分と久しぶりのことのように感じて、その新鮮さに感じ入りもした。 今日になって突然そのメールが途絶えた。別に、気にすることではないのかも知れないが、女々しくも不自然に携帯を開けたり閉じたりをを繰り返している。 日付がかわる頃、電話があった。 何だと出れば、少し息を切らしたような声で返答があった。 「あのね、あのね元親、今からそっちに行っても良いかな」 「…何かあったのか」 「うん、」 煮え切らない答えに、思わず心配になる。どうした、そう尋ねれば、どうもしてないのと言われ益々勘ぐってしまう。 「迎えに行く」 「いいの。あのね、今から行っても良い?」 「ああ、」 頷けば、電話は切れた。 一体どうしたのか、時計を見ればもう日付はかわっていた。 二十分ほどしてから、チャイムが鳴った。 「名前?」 「久しぶり、」 走って来たのか髪が乱れている。 前髪を直す名前の冷えた手を握れば、照れたような笑いを浮かべた。 「家の鍵、無くしちゃったの、」 内へ引き入れれば、一カ月前へと逆戻りした。 [prev|next] |