短編 | ナノ


眠ろうと目を瞑ったとき、耳の奥から海鳴りが響いて来て、私は身をまあるくした。

ざあざあと、いつか聞いた海の音が響いている。


「名前さん」


顔を上げると、暗がりの中、怪訝そうに百介さんが私の顔を覗き込んでいた。


「一体どうしたのです、身を丸めたりして。寒いのですか」
「いえ、」


海鳴りが、と伝えればうんうんと頷いて、

「それは海が名前さんを呼んでいるのですよ」

と大真面目な顔で言った。



「海が?」
「ええ、でなけりゃ急に海鳴りなんて聞こえませんよ」
「それは、それは恐ろしい」


波が広がって往く様を思い身震いすると、百介さんがへらっと笑う。


「海の神様は女性だそうで」
「へえ」
「だから船に女性が乗るのは好ましくないと言われているのです。女神が嫉妬なさるから」
「なら、呼ばれる筋合いはありませんよ。私は船に乗ったことがないのです」
「おや、そうでしたか」


身を起こす。
ざあざあという音は止まない。うつむくと、百介さんの手が耳へと伸びて来た。


「川と海は繋がっているそうで」
「川を船で渡ったことは幾度となくありますよ、でもそれで妬まれるなど、理不尽な」


手が両の耳を覆った。



「きこえますか」


ざあざあという海鳴りが、いっそう大きくなった。


「ああ、耳近に」


聴こえると答えれば、ずい分と嬉しそうな表情が見えた。


「きっと女神が名前さんを欲しているのですよ」


目を閉じると、海に沈んで逝く夢をみた。



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