(関ヶ原) 陣羽織を羽織った三成さんが行ってくる、などといつも通りの挨拶をしたので、私は月並みな言葉なんて聞き飽きましたよと陣羽織の襟を正しながら笑う、そうかと三成さんもうつむき加減に笑った。 「ならばなんと言おうか」 「さあ、それこそ甘く囁いて下さいよ」 冗談めかして私が言えば、三成さんはしばしの合間、考える素振りをみせた。 「名前」 「はい」 「じき帰る。待っていろ」 真摯な表情だ。 その表情に、私は笑い飛ばそうと考えていたのを改めさせられてしまった。 つい、ふっと本音が顔を出したからだ。 「うそつき」 いっそそんなことを言ってしまおうかと思った。 言ってしまって、そのまま泣きながら胸に飛び込んで仕舞おうかと思った。そのまま、そのまま、 「じきに?」 うつむいた。 下を見る。畳の目が妙に眼について離れない。 「家康を倒して」 「倒して、」 倒した後はどうなさいますか。 「、倒した後はすぐにお帰りになってね」 「ああ。刑部とすぐ、戻ってくる」 顔を上げた。 目の前が白くぼやける。唇が震えて、それを隠すために奥歯を噛み締めた。 「どうした、目が赤い」 「はあ、ああ、目に埃でも」 「そうか。」 また三成さんは笑う。随分とこの人にしては柔らかい表情だ。 うそつき、帰ってなど来ぬくせに、狡い、いじわるな人、 喉を突く言葉を必死になって飲み込んでいると、外で陣太鼓が鳴らされた。 「名前、では行ってくる」 「まっ」 待って、 そうも言えずに外へ出た三成さんの背中を見送った。 濡れ縁から門を過ぎようとする軍隊を見ていれば、ふっと馬上の三成さんが振り返った。 私はついぞ堪えきれなくなって外へと駆け出した。 軍はもう動き出していて門を過ぎるところだった。 「三成さんっ」 雲が千切れている。 空が藍色に染まって行く。 「待って、ゆかないで、ここにいて、私は」 私は、 三成さんが振り向いた。 ああ、なんと優しい笑みだろう。私はどうしようもなく悲しくなった。 「私は、あなたを、愛しているのに、」 ゆくのね、ゆくよと語る。 私は堪らなく悲しくなって、ゆっくりと顔を覆った。 [prev|next] |