火鉢の前の名前がふと「雨だ、」と呟いた。 外へちらりと耳を傾ければ、天からの音が室に満ちていた。薄暗い。何故だか私は今、初めて今日の気候を知った人のような驚きに心を満たしていた。 「この雨で桜は散りましたね」 名前の呟きに私はやはり新鮮に驚き、考え、無量の風雅を感じた。 「勿体ない」 言葉がとっさに出た。 「桜はそれほど短い命か」 「ええ。脆く散るからこそ潔い、尊いとされるのでしょう」 名前が一度肩を上下に震わせてから、この清涼な空気を深く吸った。私もそれに倣う。 「…雨だ」 言葉にしてみた。 この世に二人しか居なくなったのでは、などと途方もない絵空事を考えてしまう。静かな清涼に満ちた雨だ。 「縹が紅梅を散らすのです。儚い、はかない世ですね」 [prev|next] |